雪の果ての花便り
「お、かえり、なさい」
これから先、後悔することを怖がるよりも、後悔したあとでも行動できるように、と。決心にも近い意気込みで伝えたというのに、忍び笑いが聞こえた。
「たどたどしさが半端ないね」
どん、と不満と一緒にボストンバッグを押しつける。
言うんじゃなかった……。
早くも悔やんだ私に押しつけられたのは、柔らかな唇だった。不意打ちのキスに目を白黒させる私を、仮面じみた真率な表情をした彪くんが見つめている。
はにかんで顔を上げられなくなった私の頭上から、
「ただいま」
と喉からもれる熱っぽい艶気を含んだ声が響いた。
そっと視線を向ければ彪くんもはにかんでいて、私はもう一度、今度はしっかり「おかえりなさい」と伝えた。
ちらり。私に目を遣った彪くんに微笑みかける。やがて私たちは顔を見合わせ、笑い合った。
あとで帰る家がどこにできたのか、訊いてみよう。
「そうだ、教えたいことがあったんだ」
彪くん手作りの夕食を済ませ、ローカルニュースのキャスターが『最後の雪でしょうね』と締めに入ったときだった。彪くんが携帯で撮った写真を見せてくれる。
「地元で1本だけ見つけた」
「これは桜、ですか?」
「うん。咲き具合を教えようと思ったんだけど、アドレス知らないから直接言いにきたんだ。満開になったら観に行かない?」
早咲きの桜だろう。このあたりで3月につぼみが膨らむとはめずらしい。
「かまいませんけど……雪といい桜といい、彪くんは自然が好きなんですね」
「んー。まあ桜は最近だけどね。おねーさんに関連するものでもあるし」
彪くんは頬杖をつき、肘をテーブルの真ん中まですべらせた。そうまでして私の反応を近くで見たいらしい。
彪くんの視線を流すためにマグカップに口をつければ、くすくすと楽しげに笑われた。