ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
 森崎龍一は都築町に住んでいるある女性を訪ねていた。彼女はこの地域の動物愛護活動の中心である団体に属しており、かつてその団体に天野恵理子も所属していた。森崎がその事を知ったのはつい最近だったのだが、その頃の恵理子のことは何も知らなかった。その頃の彼女を知ることが今の恵理子を知ることに繋がるのではないか、森崎はそう考えていた。
 都築町は美しが丘から電車で二つほど下った場所にあった。開発が進み、整理された町に生まれ変わろうとしている美しが丘と比べると都築町は古い田舎町そのままの姿を未だに保ち続けていた。駅前からはバスも数路線走っていたが、ターミナルは整備されて無く、停留所がそこここに散らばって配置されているだけだった。
 森崎はその内の一つの停留所に来たバスに乗り十五分ほど揺られて目的の女性に自宅に着いた。
 インターフォンを鳴らし名前を告げると程なく女性が姿を現した。
 胸には毛の長い小型犬が抱かれている。
 女性は森崎をコンパクトな今に招き入れるとよく手入れがされているソファーを彼に勧めた。森崎がそれに身を沈めると別の小型犬が彼の膝に飛び乗ってきた。尻尾を思いっきり振って森崎の口元を舐めてくる。見ると左の前足がなかった。
「こら駄目よ。お客さんなんだから」
 女性は優しくしかると森崎の膝からその小型犬を下ろした。その犬はぎこちない足取りで仲間の方に走っていく。
 森崎は暫く女性から動物愛護に関する意見を聞き出すと、きりのいいところで本題に入った。
「ところで、天野恵理子さんという方をご存じですよね?」
 女性は森崎の口から恵理子の名を聞くとあからさまに嫌な顔をした。
「以前こちらの愛護団体に所属されていたとか…」
「ええ、もう大分前になりますが…」
「どんな方でした?」
 女性の表情は変わらない。
「まぁ、お辞めになった方のことはあまり悪くは言いたくないのですが…」
 女性は重い口を開き始めた。
 彼女の話だと天野恵理子はこの愛護団体の中でトラブルメーカーだった。
 この愛護団体はボランティアの獣医師とともに捨て犬、捨て猫の避妊手術を施したり、引き取り手のいない動物たちの里親捜しを活動方針としていた。里親にも一定に条件を課していたこともあり、捨てられた動物たちを積極的に保護するというところまではいっていなかった。この団体に参加していた人の多くはこれを活動の限界として認識して、そうした限られた中での保護活動を行っていたのだが、恵理子はもっと積極的に保護を進めるべきだ、里親が見つからなければ自分たちで勝手でも保護をすべきだと主張し、参加者達と対立していた。
 恵理子の主張にも一理あるところもあったので、参加者達は彼女を含めて何度も話し合いを繰り返してきたのだが、両者の溝は埋まることなく やがて恵理子はこの団体を去っていったという。
「あの方の仰ることもわかるんですけどね。それでも限界があるんですよ…。それがあの方は許せないらしいんです」
 女性は溜息混じりにいった。
「でも、嫌な噂を聞いたんです」
「どんな噂です?」
「それが、天野さん、捨てられたどう動物を拾ってきては安楽死させているっていう…」
 女性はそこまで言うと目を背けてしまった。
 森崎が女性の家を出たのは、それから三十分ほどしてからだった。
 動物愛護活動をやっている人間がその動物を処分している…。にわかには信じられないことだった。
 だが、小学校からタロを引き取ったきり会わせようとしなかったことは、それで説明がついてしまう。あのときのかたくななまでの態度も納得が出来る。しかし何故…。
 森崎は恵理子の周りに広がる闇を感じて背筋に冷たいものが走った。
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