ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
 佐枝からの連絡を受けて美鈴は彼女の家に来ていた。既に啓介、義男、孝、美佳が集まっていた。
 絵美がいなくなって二時間、辺りはもう日が暮れていた。
 佐枝達の両親は家にはいなかった。絵美の行方がわからなくなって心当たりのところを探して回っているのだ。それでも万が一帰ってきた時のために佐枝が家に残っていた。
 佐枝は応接セットのソファーに座りテーブルの上に置いた携帯電話を睨んでいる。電話機はただ沈黙を守っている。
 佐枝の指が震えている。
「絵美ちゃん、何処に行っちゃったのかしら…」
 カーテンの隙間から外の様子をうかがいながら美佳が呟いた。
 今の中は重苦しい空気に包まれている。
 美鈴達は携帯電話を見つめて動かない佐枝の周りに集まる。
「こんなこと、初めてなんでしょう?」
 美鈴は佐枝の隣に座る。いつもの明るい佐枝はそこにはいなかった。
「絵美ちゃんさ、携帯とか持っていないの?」
 不意に思い当たったように義男が言った。
「持ってる。何度かかけたんだけど、繋がらない…」
「繋がらない?」
「圏外か、電源が切られているって…。そんな筈ないのに…」
 佐枝はもう泣き出さんばかりだった。そんな佐枝に義男がハンカチを差し出す。
「でも、僕たちで出来る事ってないのかな…」
 孝がそこにいる全員の顔を見つめる。
「暗くなってきたしね…」
「何だよ和田、冷たいな」
「そうじゃないわよ。杉山君。ただ闇雲に探しても意味がないって言いたいの」
「それにここにいても何も出来ない…」
 啓介がぼそりと言った。
 それからまた誰の口も閉ざされてしまった。
 壁に掛けられた時計の針が一つ進む。どこかからで犬の鳴き声が聞こえてくる。
「なぁ、今日のところは解散しないか?」
 そんなときに啓介が口を開いた。
 それは誰もが感じていたことだった。ここで集まっていても事態が好転する訳ではなかったからだ。
 五分後、義男を残して美鈴達は佐枝の家を出た。義男だけは佐枝を一人きりには出来ないと言い、彼女の親が戻るまで傍にいることにしたのだ。勿論、その事は佐枝が母親に連絡していた。
 美鈴と啓介は肩を並べて暗い道を歩いている。
 孝と美佳は家が反対方向なので佐枝の家の前で別れていた。
 啓介も美鈴の家とは方向が違うのだが、彼女を送り届ける責任があると言って一緒の道を歩いているのだった。
 街灯で照らされた道にはあまり人通りはなかった。そんな中では啓介がいてくれることは心強かった。
 秘密を打ち明けあい、共有したという思いからか、美鈴は啓介を以前より身近なものと感じていた。
「ねぇ啓介…」
 美鈴は隣を歩く啓介を見上げていった。
 子供の頃は自分の方が背が高かったのに、いつの間にか啓介を見上げるようになっている。
 それに気づいた頃だっただろうか、啓介のことを友達以上に意識し始めたのは…。
 美鈴はそこまで考えて我に返った。啓介の視線がまっすぐにこちらに向けられていたからだ。
 美鈴は視線をそらした。
「あの噂、気にならない?」
「『とおりゃんせ』の噂かい?」
「ええ、もう何人か子供が消えているわ。あなたも感じているはず…」
 二人はいくつかの角を曲がり、絵美の消えた公園の前に辿り着く。
 誰もいない夜の公園。街灯の光に照らされて遊具達が不気味な影を落とす。それらを縫うように微かな光の帯が流れている。それは幾重にも枝分かれをして網の目のようにこの公園を包んでいる。子供達の思念の名残が公園に残っている。
「この気の流れは?」
 網の目のように広がっている光の源を追うように啓介の視線が動いていく。ゆっくりと脈打つように青く光るそれは、二人の来た方とは反対側の公園の入り口から出て街角に消えていく。
「わからない…。でも『もの』に関係している何かの筈よ」
 美鈴の髪の端が逆立っていく。
 啓介は上着のポケットに忍ばせている仏具に手を伸ばす。
 するとその気配を察したのか、それまで公園一面に広がっていた光の網が、子供達の気配とともにふっと消えた。
 暖かい風が二人の間を通りすぎていった。
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