ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
 翌日、美鈴は啓介とともに昨日気の流れを感じた公園に来ていた。あの気の流れは子供たちや絵美が消えてしまったことと無関係ではないと感じていたからだ。そして今日もまた微かな気の流れはそこにあった。
 二人は静かに流れるそれを追って歩き始める。
 それは住宅街を抜け、商店街を横切り、まっすぐに二人の通う中学校の裏山に向かって流れていた。
 マンションの予定地とされているそこは何台もの重機によって茶色い肌を陽に曝している。
 二人はその脇を抜けて残された木々の奥へと進んでいく。
 やがていくつも枝分かれしていた気の流れは一つになり、森の奥の陽炎に消えていく。
 その脇には苔むした小さな地蔵がひっそりと置かれている。
 二人は陽炎の先へと精神を集中した。
「結界だな」
 啓介はそう呟いた。
 美鈴もまた、それに同意する。
「大分強いものみたいね。破れるかしら」
 美鈴が辺りの気配を探る。
「さあね、やってみなければわからない」
 啓介はそう言うと目の前の陽炎に向かって鋭い視線を投げかけた。
 美鈴が静かにそれに続く。
 二人の思念は陽炎の中心に向かって放たれる。
 陽炎の中心にわずかな穴が穿たれる。
 二人は更に精神を集中する。
やがて覗き穴のように穿たれた穴の向こうに若い緑の色が見え始める。その草木の中に様々な色の花々が咲き乱れている。平穏な空気、街の喧騒とは無関係の風景が二人の視界に広がっていく。穴は人が通れるまでに広がる。
「行くよ」
 啓介は短くそう言うと緑の通り道の中に入っていく。美鈴も黙ってその後に従う。
 そこには外の世界とは別の柔らかい風景が広がっていた。木々の緑は我が世の春を満喫しており、鳥たちが囀っている。どこからか小川のせせらぐ音が聞こえてくる。
「ここはどういう場所なんだ?」
 別世界のような風景を見回しながら啓介は呟いた。
「わからない。ただこの結界は『もの』が作り出したものでしょう?」
「そのはずだ。だけど何の目的があるのだろう?」
 二人の枝を掻き分け、草を踏む音が続いていく。暫く進むと開かれた空間に行き当たった。そこには春の風が吹き、暖かい日差しが降り注いでいた。二人はなだらかな坂を上って小高い丘の上に立った。
 何処かから子供たちの笑う声が聞こえてくる。
 それは消えてしまった子供たちの声だ。美鈴はそう直感し、足早に丘を下っていく。啓介もその後に続く。暫く進むと小川のほとりに数十人の子供たちが集まっているところに出くわした。子供たちの多くは前時代的な着物に身を包んでいたが、その中に二人は見知った子供の顔を認めた。
 それは佐伯絵美だった。
 彼女は五歳くらいの男の子とともにいた。
 美鈴はその子供の心の波動から、彼があの虐待されていた子供であることを悟った。
「絵美ちゃん」
 美鈴は絵美に駆け寄ると声をかけた。
 息が弾んでいる。
「美鈴お姉ちゃん」
 絵美は振り返るとそう言った。
「あなた、どうしてここに来たの?」
 絵美は美鈴の問いかけに視線を宙に投げて暫く考え込んだ。
「わからない。公園で遊んでいたんだけど、気がついたらここに来ていたの」
 絵美の表情は無邪気なものだった。
「この子は?」
 美鈴は絵美の傍らにいる男の子を指さしていった。
「守谷翔君。一緒にここに来たの」
 翔は自分の名前を呼ばれると美鈴たちに頭を下げた。
 何処かに用心している気配がうかがわれる。それは虐待によって身についてしまったものなのだろう。美鈴はいたたまれなくなった。
「さあ、帰ろう。お家の人たちが心配しているわ」
 美鈴はそう言うと絵美に手をさしのべる。
「そうはいかない」
 そのとき、強い声が美鈴たちの頭上から響いてきた。
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