ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
 岸田理恵の元を香が訪ねたのは、その日の午後だった。
 考えて、考えて、どうすれば自分が変われるのか、自問自答の時間を過ごした結果、毛決断したことだった。自分はやはり普通ではない、どこかが病んでいるのだ。だから翔に対して暴力が振るえるのだ。そう思ったのだ。
 それから自分なりに心の病に対応できる病院を探してここにたどり着いたのだった。
 医師の理恵は自分とさほど変わらないか、少し上の年齢に思えた。まだ若く自信に満ちた表情をしている。香はこの医師にこれまでのこと、自分に生育歴を含めたことをすべて話した。自分の持つこの異常さは過去に起因していると考えたからだった。
 理恵はその話をじっと聞き入り、やがて言葉にした。
「どうやら性格に歪みがあるように思えますね…」
 それは香が感じていたことと同じものだった。
「感情の起伏が激しいのではないかしら?」
「はい、あまり自覚は出来ないのですけれども、そのように感じます」
 理恵の言うとおり香には翔に対することだけではなく感情の昂ぶりと沈み込みが激しいところがあった。
「それから、他人を敵味方に分けるように考えては居ませんか?」
 言われてみるとそういうところもあった。それは幼い頃に受けた仕打ちから他人のことを敵味方に分けて接するようなところがあった。自分を庇ってくれる人と傷つける人と分けて考えていた。それは意識をしてそうしているのではなく、自然と身についてしまった恵の生きる術であった。
「先生、これは治すことが出来るでしょうか?」
 香は不安に感じてそう口にした。
「難しいところですね、短時間に治るというのは正直に言って困難ではないかと思います。あなたの場合、心の歪みは性格になって現れてしまっているようですから、それを修正していかなければならないと思います。治療と平行してカウンセリングも受けられた方がいいかもしれません」
 考えながら理恵は言う。
「カウンセリングですか?」
「ええ、ただそれはあなたにとって苦しいものになるかもしれません。過去の自分と向き合うことになるのですから。それでも感情に起伏による苦しみに耐えられるようになると思います。良い方をご紹介しましょうか?」
 理恵の提案に香はしばらくの間、考え込んだ。
 理恵はそれを遮ることなくじっと答えを待っている。
 重苦しい空気が診察室を包み込む。
 自分はそれほど悪いのか。目の前の医師の言うことが本当であれば、この孤独な時間は当分の間続いてしまうのか。独りは嫌だ。それには耐えられない。
 だが、このままではまた翔を傷つけてしまう。いや、もっと酷いことを起こしてしまうかもしれない。それだけは避けなければならない。何故ならばそうしてしまうと本当に独りになってしまうからだ。
 ならばこの提案を受け入れるしかない。何よりもこの負のスパイラルから抜け出さなければいけない。そうしなければ翔は帰ってこない。香は恐れを感じながらもやがて心を決めた。
 そして、それを言葉にして理恵に伝えた。
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