ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
和田美佳は不機嫌だった。生徒会役員の打ち合わせをしていたのだが、優柔不断な大野孝のおかげで帰りが遅くなってしまったからだった。美佳は機嫌が悪いと眉間に皺(しわ)を寄せる。それを知っているから孝は数歩あとにして彼女の後を追っていた。
そう、二人は帰る道が同じなのだ。そして二人は生徒会長と副会長の間柄だった。勿論、会長は美佳である。だから孝は美佳と良好な関係を持ち続けていたいと思っていた。それ以外にも個人的な思いも寄せている。
美佳は歩みを休めることなく歩いて行く。そのために孝との距離が広がっていく。
「おい、和田。待ってくれよ」
孝は悲哀に満ちた声で美佳に言った。
それでも美佳の歩みは変わらない。
「何を怒っているんだよ」
孝はとうとう走り出して美佳に追いつく。
美佳は視線を孝に合わせようとしない。
「まったく、あんたのせいで遅くなったんじゃないの」
美佳は吐き捨てるように言う。
「だって仕方ないじゃないか、毎年奴は何を言ってくるかわからないんだから…」
孝が言う『奴』とは、毎年生徒会に対して難題をふっかけてくる男子生徒のことだった。そう、二人は来月に開かれる生徒総会のことを打ち合わせていて、その生徒に対する想定問答集を作っていたのだった。役員達はこれまでの男子生徒の発言を基にして今年は何を言ってくるのかを予想していた。そういう中で孝は的確な判断が出来なかったのだ。
美佳はそれで機嫌が悪い…。
それは孝にもわかっていた。こういうときはあまり美佳に関わり合わない方が良い。下手に関わろうとすると彼女の逆鱗に触れることになってしまうからだ。
孝は足早に歩く美佳の横を黙って歩いていた。
不意に美佳が足を止めて孝の方を睨み付ける。
「…」
孝は何を言われるのかわからないので身構えた。
「なによ、あんた。黙っていないで何か言ったらどうなの?」
「何かって?」
「一緒に帰っているんだから、黙っていることはないんじゃない」
美佳は呟くように言った。
以前美佳は杉山義男に思いを寄せていた時期があった。だが彼には佐伯佐枝という彼女が居る。それで美佳は義男への思いをあきらめ、落ち着かない日々を過ごしてきたのだ。
美佳は孝の抱いている思いを知っていた。彼は端から見ていてもわかりやすい性格なのだ。孝が自分をみる視線は、ほかの女子を見るそれとは明らかに異なっていた。美佳も孝のことは嫌いではなかった。告白さえされれば付き合っても良いかなとも思っていた。しかし一向にその気配がない。それも美佳の神経を逆なですることであった。
だからといって自分の方から告白するのには少し抵抗があった。
こういうことは男の方がリードするものだ。美佳はそう思っていた。しかし、そうも言っていられないのかもしれない、美佳は今日決着をつけるつもりだった。
「あんた、私に言いたいことがあるんじゃない?」
「言いたいことって?」
「とぼけないでよ、あんたの気持ち、知っているんだから…」
孝は思いもよらない美佳の言葉にたじろいだ。
気持ちとは、つまり…。そういうことなのか?
孝の頭の中で様々な考えが走った。
そして思った…。
きっと今が打ち明けるときなのだと…。
孝は震える唇を動かして美佳に対する思いを言葉にしようとした。
しかし、思うような言葉が浮かばない。
耳が熱くなってくる。
やがて、意を決したように孝は思いの丈を口にした。
「あのさ、好きな人とか居るの?」
美佳は溜息をついた。
「勿論、居るわよ」
その言葉は孝の気持ちを萎えさせる。
でも後に引くわけにはいかない。
「あのさ、僕じゃだめかな?」
それは美佳が待っていた孝の精一杯の言葉だった。
美佳は俯いて答える。
「駄目なんかじゃ、ないよ…」
それは孝が待っていた言葉だった。
二人は暫くの間、互いを見つめたまま動こうとはしなかった。
そんな二人を上空から狙う邪悪な視線があった。
そう、二人は帰る道が同じなのだ。そして二人は生徒会長と副会長の間柄だった。勿論、会長は美佳である。だから孝は美佳と良好な関係を持ち続けていたいと思っていた。それ以外にも個人的な思いも寄せている。
美佳は歩みを休めることなく歩いて行く。そのために孝との距離が広がっていく。
「おい、和田。待ってくれよ」
孝は悲哀に満ちた声で美佳に言った。
それでも美佳の歩みは変わらない。
「何を怒っているんだよ」
孝はとうとう走り出して美佳に追いつく。
美佳は視線を孝に合わせようとしない。
「まったく、あんたのせいで遅くなったんじゃないの」
美佳は吐き捨てるように言う。
「だって仕方ないじゃないか、毎年奴は何を言ってくるかわからないんだから…」
孝が言う『奴』とは、毎年生徒会に対して難題をふっかけてくる男子生徒のことだった。そう、二人は来月に開かれる生徒総会のことを打ち合わせていて、その生徒に対する想定問答集を作っていたのだった。役員達はこれまでの男子生徒の発言を基にして今年は何を言ってくるのかを予想していた。そういう中で孝は的確な判断が出来なかったのだ。
美佳はそれで機嫌が悪い…。
それは孝にもわかっていた。こういうときはあまり美佳に関わり合わない方が良い。下手に関わろうとすると彼女の逆鱗に触れることになってしまうからだ。
孝は足早に歩く美佳の横を黙って歩いていた。
不意に美佳が足を止めて孝の方を睨み付ける。
「…」
孝は何を言われるのかわからないので身構えた。
「なによ、あんた。黙っていないで何か言ったらどうなの?」
「何かって?」
「一緒に帰っているんだから、黙っていることはないんじゃない」
美佳は呟くように言った。
以前美佳は杉山義男に思いを寄せていた時期があった。だが彼には佐伯佐枝という彼女が居る。それで美佳は義男への思いをあきらめ、落ち着かない日々を過ごしてきたのだ。
美佳は孝の抱いている思いを知っていた。彼は端から見ていてもわかりやすい性格なのだ。孝が自分をみる視線は、ほかの女子を見るそれとは明らかに異なっていた。美佳も孝のことは嫌いではなかった。告白さえされれば付き合っても良いかなとも思っていた。しかし一向にその気配がない。それも美佳の神経を逆なですることであった。
だからといって自分の方から告白するのには少し抵抗があった。
こういうことは男の方がリードするものだ。美佳はそう思っていた。しかし、そうも言っていられないのかもしれない、美佳は今日決着をつけるつもりだった。
「あんた、私に言いたいことがあるんじゃない?」
「言いたいことって?」
「とぼけないでよ、あんたの気持ち、知っているんだから…」
孝は思いもよらない美佳の言葉にたじろいだ。
気持ちとは、つまり…。そういうことなのか?
孝の頭の中で様々な考えが走った。
そして思った…。
きっと今が打ち明けるときなのだと…。
孝は震える唇を動かして美佳に対する思いを言葉にしようとした。
しかし、思うような言葉が浮かばない。
耳が熱くなってくる。
やがて、意を決したように孝は思いの丈を口にした。
「あのさ、好きな人とか居るの?」
美佳は溜息をついた。
「勿論、居るわよ」
その言葉は孝の気持ちを萎えさせる。
でも後に引くわけにはいかない。
「あのさ、僕じゃだめかな?」
それは美佳が待っていた孝の精一杯の言葉だった。
美佳は俯いて答える。
「駄目なんかじゃ、ないよ…」
それは孝が待っていた言葉だった。
二人は暫くの間、互いを見つめたまま動こうとはしなかった。
そんな二人を上空から狙う邪悪な視線があった。