ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
『紅い菊』は目の前の『もの』をじっと見つめていた。それは彼女の長い歴史の中で初めて遭遇した『もの』だった。それは多数であり、ひとつだった。ひとつであり、多数であった。『紅い菊』は心の中で舌なめずりをした。これだか多くの『もの』のエネルギーを吸収することが出来れば、自分の力は強大になれる。そうなれば、母の思いを叶えることが出来る…。
『紅い菊』は鋭い爪を舐めた。
 そして間合いを詰めていった。

 キメラはこの少女に興味を持った。
 自分のこの姿を見ても恐怖心を感じない。そればかりか喜びすら感じているようだ。そうして向こうから間合いを詰めてくる。それはキメラにとって好都合なことだった。
 糧が向こうから近づいてくる。
 キメラは全身で舌なめずりをした。
 あと数歩で触手の射程に入る…。

『紅い菊』は歩みを止めた。
 これ以上足を踏み出すと『もの』の背中で蠢いている触手の餌食になるとわかっていたからだ。『もの』はそれがあるから安心しきっている。その過信がお前の命取りになるのだ。『紅い菊』は両の手に念を溜めていった。両足に力を込めていった。既に次にとる行動は決まっていた。
「うおぉぉぉぉ」
『紅い菊』は雄叫びを上げると一気に『もの』との間合いを詰めていった。
 それを待っていたように『もの』の触手が牙をむいて、そして束になって『紅い菊』に襲いかかる。
 紙一重のところでそれを交わし、『紅い菊』は宙に舞う。そして『もの』の触手の付け根に強い念を叩き込む。
「ぎゃあぁぁぁ」
 空気を切り裂くような叫び声を上げた『もの』はもんどり打って倒れ込む。無数の触手が『もの』の体から引きちぎられる。
 着地した『紅い菊』は『もの』に向かって突進し、鋭い爪をその腹に立てて引き裂く。どす黒い血が辺りに飛び散る。
(こいつは生きている。いや、生きているものを取り込んだのか…)
『紅い菊』はその血を見てそう判断した。念を数発、その傷に叩き込みながら再び間合いをとっていく。
『もの』は体制を整える。
「お前、何が望みだ?」
『紅い菊』は唸り声を上げている『もの』に向かって言った。
 だが、『もの』は答えない。
(このままでは分が悪いな…)
 キメラはそう判断して再び二つに分かれた。
 そしてキメラⅠはキメラⅡを残して何処かへ飛び去っていった。
< 43 / 66 >

この作品をシェア

pagetop