ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
 ハーリーティは穏やかな日常を過ごしていた。この結界に守られた世界の中を流れる小川の方から子供達の笑い声が聞こえてくる。森の方を見ると走り回る子供達の姿が見える。ハーリーティはそんな様子を見て自分の行っていることの正しさを再認識していた。
 かつてハーリーティには五百人の子供達が居た。その子供達のために人間の子供をさらっていた。さらっては自らの子供達に喰らわせていた。
 しかし、仏陀によって子供の大切さ、親としての心構えを諭された彼女は生き方をがらりと変えた。
 そんな中で救われない子供達が居ることを知った彼女はその魂達を集めて今のような世界を作った。
 時は流れ、救われない子供達の数も減っていった。ハーリーティはその変化を喜ばしいと思った。人間達の世界も安定し、不幸な子供達も少なくなったことを喜んでいた。
 しかし、この数年人間達が変わっていった。
 自らの子供を傷つけ、命さえ奪ってしまう親たちが現れた。ハーリーティはこの事実を悲しく思い、再び救われない魂達を集めようとした。しかし、それはうまくいかなかった。
人として心が確立する前に、いわれのない暴力によって死に至らしめられた魂達はとても弱かった。救っても、救っても、その魂達は消えていった。親たちに傷つけられ、殺された魂達には絶望しかなかった。絶望した魂達はその形を維持することが出来なかった…。
 それでもハーリーティは魂達を救い続けた。
 虚しいとわかっていても救い続けた…。
 そうして彼女の中に怒りが生まれた。
 そして彼女はかつて仏陀がしたように子供を奪うことを決意した。そうすれば親たちの態度が変わると思ったからだった。
 そして変わる可能性が見えてきた。
 ここを訪れた人間達が子供達の未来を変えようとしていることがわかったからだ。
 彼女はそれに賭けてみようと思った。
 ここでうまくいけば、子供達を救う方法が見えてくる。彼女はこの出来事に希望の光を見ていた。
 だが、その希望の光は一つのイメージによって引き裂かれた。
 突然彼女の体を激しい痛みが走り抜けた。
 打ち据えられ、叩きつけられる痛み。
 激痛に声をこらえる子供の意識。
 絶叫をあげて子供を悼みつける母親。
 痛み、耐える意識、絶叫。
 絶叫、絶叫、絶叫…。
 やがて子供の意識が途絶えていく。
 魂が崩れ壊れていく。
 それでも母親は子供の亡骸を打ち据え続ける。何度も、何度も…。
 そしてハーリーティは人間達と交わした約束が裏切られたことを知った。
 彼女の中に抑えることの出来ない怒りが生まれたことを知った…。
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