ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
 ハーリーティの怒りは納まらなかった。かつて彼女は子供を取り上げられることで、親としての自覚に目覚めることが出来た。おそらく人間にとっても同じことが有効に働くと思っていた。
 確かに、一時的にそれは成功した。子供を失うことがどういうことなのかをその身で示していた。しかし、それは本当に一時的なものだった。
 彼の女はよくやっていた。
 ずっとその動向を見ていたハーリーティには、それがよくわかった。子供のために自らを変えようと努力をしていた。思い出したくもない自らの過去と向き合い、苦しみさえしていた。いつしかハーリーティは彼女を高く評価さえしていた。
 しかし、結果はそれとは違っていた。
 一時的な母親の感情の爆発のために、幼い命は終わりを告げてしまった。
 間に人を介したとはいえ、ハーリーティとの約束は裏切られてしまった。人間の親には彼女が体験した試練すら通じなかった。
 勿論、多くの親たちはそうではないことを彼女は知っていた。しかし、このような親が居る限り、報われない幼い命が途絶えることはない。
 ハーリーティにはこの現実をこのまま見過ごすことが出来なかった。人間には罰を与えなければならない。二度と同じ過ちを繰り返させないためにも…。
 ハーリーティの瞳が怒りで赤く燃えた。その両の眼からは赤い血の涙が伝って落ちた。心苦しいが決意しなければならない。彼女は強く決意していた。
 そんなとき、結界の向こうから悲しげな獣の意志が伝わってきた。それは奪われた里山を取り返すことが出来ないまま、その体を失っていく無念の思いに満ちていた。
 人間達への怒りと憎悪に満ちていた。
 それはハーリーティの怒りと同調(シンクロ)した。
 それは彼女の心に深く入り込み、やがて彼女の意志を支配していった。
 人間達を罰し、排除して、里山を取り戻すのだ。その思いがハーリーティの意志を飲み込んでいった。
 彼女はキメラの一部となっていった。
 地上のキメラの体は既に無く、そこから飛び散った赤い光点が風に乗ってハーリーティが作り上げた結界の方に流れていく。
 それを見ていた横尾と『狩人』達は、これを異変の兆候と感じ取った。そして風に乗って流れていく光点を追い始めた。
 風とともに流れたそれらは削られて赤い地肌を覗かせている工事現場で集まり始めた。夕暮れの中、赤い光点は再び獣の形態を取り始めた。三つに分かれた頭部、背中の翼、その下から伸びる無数の触手、二股に分かれた尾、そして、その背中に乗るようにして現れたハーリーティの上半身。その大きさはこれまでのものとは比較にならず、地面から肩の高さまで十メートル、ハーリーティの頭部までは十三メートルほどあった。
 その聳えるような獣を見て工事現場の人間達は我先に蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。そこへ触手の口から吐き出された火の玉が襲いかかった。
 無数の火の玉がプレハブの建物を襲い、剥き出しの骨組みに纏わり付いた。飛び散った火の粉は車輪のついた鉄の箱の上を走る。
 破壊され、原型を失いつつある建築物の中を炎をまとった人間達が走り回る。
(そうだ、滅んでしまえ。我が里山を返せ)
(そうだ、命を軽んじる人間など滅んでしまえ)
 キメラとハーリーティの意志がこの集合体の中で響き渡る。
 ふるさとの抵抗が始まった。
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