ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
 もはや形勢は逆転していた。
 これまで横尾の銃弾を拒絶してきた触手は『狩人』達の銃弾によって生え替わる隙も与えられずに虚しく地面に落ちていった。鉄壁の防御と鋭い攻撃の手立てを奪われたキメラは雨のように降り注ぐ銀の銃弾をその本体である体に受け続けた。
 その結果、どす黒いキメラの体液が周囲に撒き散らされることになった。
 これを見た『狩人』達はさらに攻撃の手を強めていく。銃口から上がる紫色の煙が周囲を包み、視界を奪っていく。
 そんな優位な状況の中で、横尾の闘争心は次第に萎えていった。彼にとっては彼の不利な状況での闘いの方がよほど楽しいからだった。多くの手で『もの』を追い詰めていく『狩人』の戦法は彼の性には合わないものだった。横尾はキメラの攻撃が自分の方に向けられたときにだけ、応戦するようになっていった。
 そう、彼にはもうこの闘いは意味を無くしてしまったのだ。
 やがて結合の力が弱まってきたのか、キメラの体から微かな赤い光が散り始めた。キメラの声が虚しく宙を舞う。
 それを合図に『狩人』の銃弾がこれまでよりも多くキメラの体を貫いていく。そして銃弾の雨が納まったとき、キメラの体がどう、と倒れ込んだ。その瞳に宿っていた赤い光は消え、その体は微かな痙攣を見せるだけとなった。既に形を保つことが出来なくなり、無数の赤い光が宙に向かって散り始めていた。
「呆気なく倒されてしまいましたね」
 少し離れたところに停まっている車の中で、
風間由香里は運転席に納まっている田宮に向かって言った。だが、田村は一向に表情を変えない。
「それは織り込み済みだよ。キメラだけでは『Hunter』達は倒せない」
 田宮はきれいに整えられた爪をじっと眺めている。
「それでは、他の手が用意されていると?」
 由香里は田宮の横顔を見つめる。
「まぁね、もうじきそのスイッチが入るはずだよ」
 田宮はそう言うと鍵を捻り、車を走らせた。
 倒されたキメラは既にその体の半分を失っていた。その様子を九朗は『狩人』達に気づかれないだけの高度をとって『紅い菊』に送り続けていた。
 それは『紅い菊』の先頭意欲を萎えさせるには十分な情報であった。
『紅い菊』にとって『もの』と闘い、その結果に『もの』を取り込むことが唯一の喜びだった。そのため、他の理由によって分散していく『もの』には何の魅力も感じなかった。まして『狩人』が取り囲んでいる中に飛び込もうとは思わなかった。あれだけの数を相手にすれば自分もキメラの二の前になることは明らかだった。
『紅い菊』は走るのをやめ、宿主の心の奥に再び沈み込んでいった。
 あとには肩で息をしている美鈴が残された。
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