ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
 小島をはじめとする刑事たちは目の前の怪物を見て、息を飲んだ。およそ彼らが見たこともない生き物によって、工事現場は血と炎の場所へと変貌していた。
「いったいあれは何なのだ?」
 誰とはなしにそんな言葉が漏れた。
「今、そんなことを言っている暇はない」
 小島はそう言うと拳銃の先をキメラに向けた。
 既に事切れたのか、横尾の身体は動かない。
「小島さん、逃げてください。貴方達ではこれを抑えこむ事は出来ません」
 鏡を挿頭(かざ)しながら美里が叫ぶ。しかし、そうしている美里もキメラの勢いに押され気味になっている。
「しかし、貴方を一人残すわけにもいかんのです」
 飛び掛ってきた触手に銃弾を叩き込みながら小島が応える。しかし、哀しいかな小島の銃弾は効果を見せない。彼の仲間たちもキメラに銃弾を叩き込んでいるが、有効なものはひとつもなかった。
 小島の胸に以前横尾が言っていた言葉が蘇る。
 対抗できるものは銀の銃弾しかない。それを今、思い知らされていた。
 上着のポケットに手を入れると、それはそこにある。
 小島はそのうちの一発を縦走に詰めると襲い来るキメラの触手に叩き込んだ。
 キメラの触手が銃弾によってつぶされる。
 やはりそうなのか…。
 小島の中にいい知れない敗北感が広がっていく。
「何をしているんですか?早く逃げてください。私もいつまでもつかわかりませんから!」
 遠くで美里が叫んでいる。
 小島はポケットの中の銃弾を数えてみたが、十発程度しかない。やはりここは逃げるべきか、小島がそう思ったとき、彼の四方から一斉に触手が襲いかかってきた。」もう駄目だ、小島がそう思ったとき、目の前を黒い影が通り過ぎた。数本の触手が地面に落ちて痙攣する。
「美鈴!」
 美里の叫ぶ声が聞こえる。
 振り返るとそこに一人の少女が居た。小島の知っている少女、鏡美鈴だった。だが、彼女の様子は彼が知っている少女ではなかった。以前、連続殺人事件の際に垣間見た時の彼女と同じだった。
「美鈴ちゃん…?」
 殺気だった『紅い菊』を見て小島は凍り付いた。
 そんな彼に向かって『紅い菊』は言い放った。
「あれは私の獲物だ。手を出すな」
『紅い菊』は次々と繰り出される触手を切り裂きながら、キメラの本体に向かっていく。
 キメラの本体からひときわ大きい火の玉が放たれる。『紅い菊』はそれらを紙一重で交わしながら縫うようにしてキメラの本体を目指す。
 その足下には魔鈴の姿がある。それもまた、自分に襲いかかってくる触手を鋭い爪でなぎ払っていく。
 キメラは新たに現れたこれらの存在によって徐々に傷つけられ、追い詰められていく。しかし、キメラもまた怯まなかった。徐々に数の減っていく触手からだけではなく、本体の方からいっそう大きな火の玉をこの二つの存在に向かって放ってきた。そのために『紅い菊』はキメラの本体にとりつくことが出来ない。
『紅い菊』は焦っていた。闘いに時間がかかり自らが消耗していくことを恐れていた。
 消耗していくとその体の自由を宿主から自分のものにしている力が弱まってしまう。そうなってしまうと、自分が心の奥底に沈んでしまい、宿主である美鈴が表面に出てきてしまうからだ。そういなれば、キメラに対抗できない。『紅い菊』は出来るだけ早く決着をつけたかった。
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