ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
 田宮の持つライフルの銃口が横尾の頭を捉えている。背後ではキメラの触手が彼の動きを伺っている。
 拳銃を弾き飛ばされた横尾は、それでも戦意を喪失もせずに田宮の勝ち誇った目を睨みつけている。彼はそれを楽しんでいるようだった。
「君はこの危機的な状況を楽しんでいるのかい?」
 田宮の声が横尾の耳に届く。
「さあ、どうかな?」
 横尾は打ち抜かれた肩を庇うように力なく立ち上がった。彼の拳銃は数メートル後ろに落ちている。武器といえるものを横尾は持っていないように見える。
 田宮はゆっくりとライフルの銃口を横尾の心臓にあわせていく。彼の足下に小さな旋風が起きる。
「そろそろ終わりにしようか?」
 田宮の指が引き金にかかる。
 それを見ても横尾の態度に動じたところは見えない。それどころか笑みさえ浮かべている。
「お前さんは『狩人』というものをよく知らないらしいな」
 そう言うと横尾はまだ無事な方の腕を田宮のいる方向に伸ばしていく。田宮の足下の旋風が次第に大きくなり、周囲の土簿頃を舞いあげ始めた。
「俺たちだって多少の修行は積んでいるんだ。だからこのくらいのことは出来るのさ」
 横尾の言葉とともに旋風は突風となり、田宮の目めがけて土埃を舞いあげた。一瞬、田宮の視界が奪われた。その隙を突いて今度は弾き飛ばされた拳銃に向かって手を伸ばす。
「来い!」
 横尾が念じると拳銃はまるで意志があるように伸ばされた横尾の手に収まった。横尾は次の瞬間、土埃の中の田宮に向かって数発発砲した。
 しかし、彼の手は健常な状態ではなかったので銃弾の狙いは全て逸れてしまった。
「ちっ」
 横尾は舌打ちをひとつ打つと横っ飛びにその場から移動する。するとこれまで彼立っていた場所に田宮の銃弾が弾ける。
 既に田宮の周りにあった土埃は消えていた。
 横尾は田宮に向かって更に銃弾を浴びせるが、利き腕ではない腕で撃っているために狙いは微妙にずれてしまう。更に田宮には横尾の銃弾の軌跡がわかるかのように、紙一重のところで全てを避けてしまう。
 田宮のライフルが再び火を噴き、横尾の健常な方の肩を貫く。
 横尾の拳銃が再び主人の下を離れる。
 背後でキメラの触手が鎌首を持ち上げて横尾の体に狙いを定める。
「The Endだよ…」
 田宮はそう言うと横尾の胸に狙いを定めたライフルに力を込めた。
 その銃弾は真っ直ぐに横尾の体に向かい、その左胸を貫通した。
 倒れた横尾の体めがけてキメラの触手が一斉に襲いかかろうとする。
 そのとき、青い光が一筋、キメラの触手を照らした。
 触手はその光にたじろぎ、その動きを止めた。
「誰だ!」
 田宮はその光の差す方向に向かって叫んだ。
 そこには丸いものをかざす一人の女の姿があった。
 美里は手にしている銅鏡の狙いを次第にキメラの頭部へと移していく。青い光がキメラの右目を照らす。
 キメラは叫び声を上げて後ずさっていく。
「貴様!」
 田宮はそう叫ぶと美里に向かってライフルの引き金を引いた。
 しかし、その銃弾は美里を捉えることなく、彼女の足下で弾けた。
「無駄よ、私にだって銃弾の軌跡くらいは変えられるわ」
 美里は一時もキメラから神経を反らすことなく、田宮に向かって言った。
「だが二つを相手にはそれも厳しいだろう?」
 田宮は静かに美里に狙いを定める。
 そのとき、別の方向で拳銃の発砲音が響いた。田宮がその方向を見ると数台の警察車両と刑事達の姿があった。
「どうやらお前さんの相手は俺たちのようだぜ」
 ニューナンブを空にかざして小島良が言った。それを合図に数人の刑事達が田宮を取り囲んだ。
「まいったね、気がつかなかった…」
 田宮はライフルを捨てると両手を挙げた。
「けれども、僕は捕まらない…」
 田宮の目が不敵に光るとキメラの触手が一斉に刑事達に向かって降り注いできた。
 田宮を取り囲む刑事達の体制が崩れ、その隙を突いて田宮は走り出した。
「待て」
 小島の拳銃が田宮の足を捉えようと火薬の弾ける音を発する。
 しかし、その銃弾は空しく地面に弾けるだけだった。
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