ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~
「何故あれを消滅させた!」
 自らの身体に戻ってきた美鈴を待っていたのは怒り狂った『紅い菊』の言葉だった。彼女は興奮していた。キメラの欠片を吸収するために美鈴をその中に送り込んだのに、そのあてが外れたからだった。
「何のためにお前を送り込んだと思っているのだ!」
『紅い菊』の怒りは収まらない。
「それならあなたが行けばよかったじゃないの…」
 美鈴はそれに対向する。だが、『紅い菊』は食い下がる。
「あの状態をお前は耐えられない!」
 だからお前を送り込んだのだ、『紅い菊』はそう言いたげだ。
 この二人のやり取りは他の人間たちにはわからなかった。美鈴がただ呆然と立ち尽くしている、そう見えるだけだった。だが、美里には二人の『会話』が届いていた。彼女は高くかざしていた鏡を懐に戻すと美鈴の方へと歩いて行った。
「私の獲物を…、どうしてくれるのだ?」
 怒りはさらにエスカレートしていく。胸の中に炎が広がり、呼吸が熱くなるのを美鈴は感じた。
 キメラが消えた今、舞台となった工事現場は静まり返っていた。傷ついた者達が上げるうめき声がそこここから聞こえてくる。その中で『狩人』達だけが沈黙し、倒れていた。
 遠くから複数のサイレンが聞こえてくる…。
「あなたは何をしたかったの?」
 心のなかで美鈴は呼びかける。
「あれを吸収すれば、渡しは目覚めることができた…」
『紅い菊』は悔しげに吐き捨てる。
「目覚めて、どうするつもりだったの?」
「この世界を破壊するのだ」
「破壊って…」
「それが母の願いだ!」
 心のなかで『紅い菊』が叫んだ。
 母とはなんのことだ?美鈴は当惑した。母とは美里のことなのか、何故母が破壊を好んでいると『紅い菊』は言うのか…。
「母って、お母さんがそんなこと願うはずがないわ」
 美鈴の言葉を衝撃的な言葉が迎え撃った。
「あれは本当の母ではない。私とお前の母は別にいる」
 その言葉は、美鈴の胸を貫いた。
『紅い菊』は何を言っているのか?美里は母ではないのか。そんなはずはない。美鈴の脳裏を電流が走る。心が崩れていく…。
「たしかあいつらはこの奥の結界の中にいたな…」
『紅い菊』は残忍に笑う。美鈴は心の奥底に飲み込まれていく。
 そして一歩、『紅い菊』が歩み始めようとした時、彼女の脇を青白い稲妻が走った。『紅い菊』はすんでのところでその稲妻を交わし、放たれてきた方向を鋭い目で睨みつけた。
 そこには青い目をした啓介が、『伝承者』が立っていた。
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