ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~

『紅い菊』と『伝承者』は互いに動くことなく向かい合っていた。どちらもその主の想いなど気にもとめないかのように敵意を剥き出しにしている。長い年月の間、何度もそのような光景は繰り返されてきた。終わりのないその繰り返しを此処で終わらせようとするかのように二人の殺気は高まっていく。
「またお前と会うことになるとはな…」
『伝承者』が呟く。まるで長かった年月を振り返るように…。
「またしても私のじゃまをするつもりか…」
『紅い菊』がそれに応える。
『伝承者』は手にしている仏具、独鈷杵に力を込めていく。そこから放たれている青い光が一層輝いていく。
『紅い菊』もそんな『伝承者』の隙を狙って神経を研ぎ澄ましていく。彼女の鋭い爪が不気味に光る。
 時が止まる。二人の間の時が…。
 互いの呼吸の音が聞こえるかのように辺りを静寂が包む。
 最初に動いたのは『紅い菊』だった。
 彼女は大きく飛翔してその鋭い爪を『伝承者』の喉元を掻き切ろうとした。しかし『伝承者』はすんでのところでそれを交わし、『破邪の剣』を振り下ろす。『紅い菊』はその動きを予測していたかのように『伝承者』の塞がった腕に爪を立てる。『伝承者』のうでが出血する。
「なぜお前はこうも私の邪魔をする?」
 乱れた息の中で『紅い菊』は叫ぶ。
「それはお前が忌むべき存在だからだ」
『破邪の剣』で空を切りながら『伝承者』が応える。その手の剣が『紅い菊』の脇腹をかすめる。彼女の服が破れ、白い肌が露出する。『紅い菊』はそれを交わした直後に『伝承者』に対して念を放つ。それを稲妻が迎え撃つ。
 一進一退の攻防は果てしなく続くと思われた。
 だが着実に『紅い菊』は追い詰められていく。
 キメラとの闘いのために体力を消耗していたからだ。
 このままでは自分は不利だ、『紅い菊』はそう悟った。
 しかし母の思いを遂げるために、此処で倒される訳にはいかない。
『紅い菊』は渾身の力を込めて念を放っていく。
 けれどもその念は『伝承者』の放つ稲妻に尽く受け流される。
 二人の身体は次第に血の色に染まっていく。
 闘いは永遠に続くと思われた。しかしその展開が変わる時が来た。
『紅い菊』の足がふらつきバランスを崩したのだ。
『伝承者』はそれを好機と捉え『破邪の剣』の切っ先を『紅い菊』に向けて突進した。
 その時、『紅い菊』に変化が現れる。
 自らを主の心の底にしまい込み、美鈴の心を表面に浮かび上がらせた。
「啓介…」
 敵意を剥き出しにして突進してくる『伝承者』の姿を見て美鈴の息が止まる。
 その変化を啓介の心が捉え、表面に浮かび上がろうとする。
「やめろぉ!」 
 啓介の叫びが『伝承者』の中を電流のように走る。
『伝承者』の動きが一瞬止まる。
 その瞬間を待っていたかのように、再び『紅い菊』が美鈴の表面に浮かび上がる。
 そして、その爪で『伝承者』の首を掻き切ろうとした時、一発の銃声が響き、銀の銃弾が『紅い菊』の胸を貫いた。
『紅い菊』の、美鈴の身体が高く弾き飛ばされ、どうと地面にたたきつけられる。
 今度は『伝承者』がその好機を逃さずに手にした剣を振りかざす。
 しかし、それは振り下ろされなかった。
 すんでのところで啓介の心が『伝承者』と入れかわたのだ。
 啓介は倒れたみすずに駆け寄り、彼女の身体を抱き起こし、銃声のした方に視線を投げる。
 そこには息も絶え絶えの横尾が最後の力を振り絞ってベレッタの引き金を引いた姿があった。
「何をするんだ!」
 啓介が叫ぶ。
 横尾に対する憎しみが彼の中で広がっていく。
 しかし、それが表に出ることはなかった。
 ベレッタの銃口を美鈴の方に向けたまま、横尾は力尽きその場に崩れた。
「鏡、しっかりしろ!」
 啓介はぐったりした美鈴の身体を抱き寄せる。
 その手を美鈴の血が流れていく。
 美鈴の呼吸が次第に弱くなっていく…。
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