危険すぎる大人だから、近づきたくなる
「近くまで来たんでな」

 って、その時は既に朝方だった。

 私の名前は綾とだけしか言ってないし、住所なんてもちろん教えていない。

(もしかて……ストーカー!?)

と怯えはじめた次の瞬間。

 玄関で足が浮くほど抱きしめられた。抵抗する、暇はない。

 次は、顎を持ち上げられ、口を開かされたかと思うと、中にゆっくりと舌が入ってきて……。

 不思議な香りがした。香水と、酒と、タバコと、あと、何が混ざっているのだろう……。 

 深く考える暇はなかった。既に頭の芯がぼうっとしている。

 私は、支えなしでは立っていられないほど、そのキスに集中していた。

「綾乃……お前を抱きに来た。……入るぞ」

 それだけ言うと抱きかかえ、ベッドへ連れて行く。

 頭のオカシイ奴かもしれない。今すぐ警察を呼んだ方がいいのかもしれない。

 だが、そう思ったのはほんの一瞬で。私は叫び声一つ上げなかった。

 体は完全に葛城に主導権を握られ、次々と迫る快感を待ってしまっている。特に、中に指を入れられ、一度果てさせられてからは、その指先だけを全身が追った。葛城の、たった2本の指が体の中で動く。それだけで、全てがどうでもよくなった。

 耳元では常に何か喋っていたようだが、その吐息に感じてしまい、言葉はまるで覚えていない。

 後はそのまま、反応していると味をしめられた部分を何度も何度も攻められ、泣かされ、一人、果てさせられた。

 前日のホテルのときよりも余裕を持てたせいか、余計に感じてしまっていた。

 そういえば、あの日、葛城と出会ってから、他の男と寝ていない。誘われて、仕方なく合コンに参加しても、そんな気分にはなれなかった。

 逆に葛城の方は、その日を境に、突然玄関に現れるようになった。仕事のスケジュールの関係なのか、毎日のように来て朝まで激しく過ごすこともあれば、半月間音沙汰ナシということも、ざらだった。

 いつもワイシャツにネクタイ、ベストに上着という、完全な、夜の仕事上がりスタイルで来る。それ以外の格好は見たことがない。逆に私は、いつもパジャマ姿で。奴も、裸かパジャマしか印象に残ってないだろう。

 だいたい、家の中にいて、午前零時を過ぎれば、コンタクトどころか、もちろん化粧だってしていない。素ッピンでメガネで、パジャマ。セミロングの髪は肩で大きく跳ね、日によれば自分だけでなく、家全体がお世辞も出ない状態になっている。

 だけど、そんな姿を見ても、葛城は何も言わない。体さえあればいいと思っているのか、若ければ何でも可愛いと、単にオヤジ心で見守っているのか。

 だから、私達の関係を一言で表そうとすると疑問だけが残る。友達でも、恋人でも、きっと、セックスフレンドでもない。一応私は相手の連絡先を知っているが、連絡を取ったことはない。

 何だろう。葛城は私のこと、どう思っているのだろう………。

 やばい。半分寝かけているな、私の頭……。

 小さなテーブルを挟み、スーツでオレンジジュースを口につけている葛城の姿は、それでも大人だった。手にしている物が変わったところで、その雰囲気は消せない。

 さすがに、この家の大きさからいうと巨大の域だが、服を着ているときはいつも物音も立てず、ただ静かに座っている。

「……一ヶ月ぶり、くらい?」

 そして、勝手に来たくせに、こちらから話しかけないと、永遠に沈黙が続く。

「そうだな。しばらく日本を離れていた」

「仕事で?」

「そうだ」

「新聞で見たけどさぁ……お店の一つに警察が入ったんでしょ? ヤバイことしてんの?」 

「……よく知っているな……。お前が新聞を読むなど、意外だ」

「私だって、新聞くらい読みますー。それよりさ、それ、飲んだら……」

 言い終わる前に、奴は突然腰を浮かせて一歩踏み出した。距離は一気に半分にまで縮まる。

「なっ、何!?」

 思わず身を引くが、すぐに背中に壁があたった。

「ひっ、久しぶりだからってね、私はもう今から寝るんだからね! ダメっ!! 絶っ対……」

 だが、その抵抗の言葉も空しく、葛城は私の左肩をがしっと掴み、更に追い詰めるように壁に押し付ける。そして、今度はぐっと己の顔を近づけて、

「試験なんか受けなくていい。俺が、許す」

「あっ、あんたが許したってね、うちの親が許さないのッ!」

 更に、その薄い唇を私の耳元に寄せ、

「行き場がなくなったら、俺が囲ってやるぞ? ベンツか? フェラーリか? それとも、マンションか?」

 喋る度に口から吐かれた息が耳に入り、思わず顔を背けた。

「ばっ、バカにするな!! 私はちゃんと大学出て、将来は経営者になるの! ちょっと危ないかもしれないけど、パパの会社継ぐんだからッ! あんたみたいに、警察にガサ入れされてるような店なんか終わってる……」

 嫌味さえ、最後まで聞いてはもらえない。

 葛城は何の計算もない、ただの優しい、軽いキスを堂々と唇にした。味もしない、柔らかな唇の感触だけが、体の奥を静かに刺激する。

「家じゃなくて、会社か?」

 仮面の崩れた顔は、薄笑いしながら、私のメガネを勝手に外す。

「違っ……!」

 また、唇を塞がれる。今度は、深い。私の舌の下に舌を入れ、円を描くように器用になぞる。

「溜まってる、ってツラだ」

 長い優しいキスの後にそんなことを言われても、抵抗する言葉なんて浮かぶはずもなく。既にその時には、留年しようと決めて、長い腕がベッドに運んでくれるのを、ただ心地良いと感じていた。
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