危険すぎる大人だから、近づきたくなる
「ちょっ……待っ……!」

 学校のことが頭をよぎったせいで、力づくで、ワイシャツを引っ張ってしまった。奴の、左胸と腕が派手に露わになる。

 暗い中でもはっきり見えた。白い、包帯。左腕の筋肉の辺りに何重にも巻きつけられている。

 何? ……怪我?

「それ……」

「かすり傷だ」

 それだけ言って、乱れたシャツを元に戻そうとするので、慌てて腕を掴んだ。

「何? 怪我してるの?」

「だから、かすり傷だと言ってるだろ」

「何でこんなとこ、かするのよ!?」

 体を起こして、もう一度ちゃんと訊ねる。

「もしかして、縫ったりしてるの?」

「気にするな。もう痛くはない」

「気になるよ……。ごめん。さっきそこ、掴んだかもしれない」

 だが葛城は、人の心配を吹き飛ばすかのように、体を思い切りシーツに押し付けた。

「しおらしいこと言いおって……。これは本当にかすり傷だ。重症なら、こんな所なんぞに来ないさ」

「……」

 まともに上を見られなくて、顔を背けた。

 そりゃそうだ。葛城と私は何でもない。普段、お互いが何をしているのかさえ知らない。

 ただ、たまに。セックスをするだけの繋がり。

 葛城の気まぐれ。

 何かの二の次、三の次。

 やめて……。何でこんなに喉の奥が苦しい?

「どうした?」

 どうもしない……。どうもしないよ。

 たかが、葛城ごときに私が何かを迷っているなんて……。

 思い過ごしだ。

「もう……」

「綾乃。お前は何も考えなくていい」

 名前を呼ぶときは、必ずこちらを見つめている。その通り、葛城の視線を感じた。だけど、そんな言葉の本意など全く見えなくて。目を合わせることなど、とうてい、できない。

「……この傷は、流れ弾が当たってできたものだ」

「……ナガレダマ? って何? ……何かのとばっちりって意味?」

「……そうだな……」

 その後すぐ、葛城の顔がおりてきたおかげで、歪みそうになる顔を見られずにすんだ。


「時間だ。服を着ろ」 

 ……、何!?!?

 驚いて体を起こしてみると、既に葛城はネクタイを巻き始めている。

「何で? ……私も?」

「これから一緒に来てもらう」

 一緒にって……。時計は既に午前2時を指している。

「早くしろ」

 勝手に来といて、勝手に裸にしておいてその言いよう。ムカッときたが、奴が本当に急いでいるようだったので、そこは抑えて、とりあえずタンスの中から出した服を着た。

「俺のコートを着て行け」

「コートくらい自分の持ってマス!」

「安物じゃ冷える」

 って、あんたのそのロングコート、私が着たら下が擦れそうなんですけど。

 仕方なく、言われたまま玄関を出た。こうして外を2人で歩いたのは、あの日以来。にしても、こんな夜中に行く所なんて……。

 アパートの入り口には既に黒い車が横付けされており、葛城が開けてくれた後部座席のドアの中に素早く乗り込む。車はすぐに発進した。

「ねぇ、どこ行く……」

「着いたらこれを着ろ。小さい方は飾りだ」

 既に座席に用意されていた一流ブランドの大きな紙袋の中には、大きな白い箱が1つ。もう1つの小さな紙袋には大小様々な箱がいくつか。大きい箱を少しだけ、開けてみると、その隙間からは濃紺のシルクの生地とレースが少しだけ見えた。

 どうやら、ドレスのようである。こっちは飾りってことは、ネックレスとイヤリング?

「……これ着て何するの? 何でこんなの着るような所に私が行かなきゃなんないの?」

 まさか、教会だ、なんて……、言わないよね。その場合、まずドレスが白だし。

「行けば分かる。お前は俺の後についてろ」

 最低、説明くらいはしてほしいんですけど。

 だけどその後葛城はずっと、忙しそうに携帯電話で話しをしていて、何か言い出せるような隙は全くなかった。

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