結婚白書Ⅲ 【風花】


「もし 私たちに子供が生まれたら 賢吾君がどう思うか 

それが一番気になったの 

自分にだけ向けられていた愛情が他に向いてしまったら 

寂しいし辛いんじゃないかと思って……」


「そんなこと 生まれてみなきゃわからないよ 賢吾がそう思うかどうか 

そんなの……わからないことだ」



衛さんの顔が苦渋の色に満ちている



「私たちの結婚は 結果的に賢吾君に辛い思いをさせてしまったわ 

そのうえ自分だけのお父さんだと思ってたのに そうじゃないと知ったとき……

自分の境遇を悲しむんじゃないか

そんな賢吾君を見て 衛さんも苦しむかもしれない……そう思ったの

だけど 私たちに子供が生まれなければ 誰も悲しい思いも 

辛い思いもしないのよ」



深いため息が聞こえてきた

口元に当てられた手 それは衛さんが考え事をするときの仕草だった



「そんなことを考えてたのか……僕らに子供ができたら 

その子も賢吾も同じように可愛いと思うはずだ 

自分の子供は分け隔てできないよ」


「……私の独りよがりだったのね……」


「そうじゃない そう思わせてしまった僕にも責任がある 

賢吾のことに責任を感じていたなんて……」


「私 賢吾君のこともあるけれど 自分もこれ以上傷つきたくなかったの 

もう辛い思いをするのは嫌だから……」



やるせない顔をしたあと 衛さんの腕に引き寄せられ 

胸に顔を埋める形になった

彼の腕が 息苦しいくらい私を抱きしめている



「蓮見たちにからかわれて平然としていたけれど あれは本当だよ

僕は朋代の前では自分を抑えたり偽ったり そんなことをしない 

する必要もない 朋代といると穏やかに過ごせるんだ 

僕は一度失敗している もう同じ失敗はしたくないよ

一人で抱え込まないで 自分だけで決めないで 話をして欲しい……

頼むから……」



最後は 苦しげな声だった

一気にそう言うと ひと息ついて言葉を続けた



「賢吾のことは 僕らで出来ることをすればいいと思っている どうかな」


「うん……」



私といると穏やかに過ごせると

同じ失敗はしたくないと

その言葉に こだわっていた何かが すっと溶けるような気がした

嬉しいのか そうでないのか……

さまざまな気持ちが入り混じる



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