結婚白書Ⅲ 【風花】


自分も傷つきたくなかった

賢吾君の気持ちもあるが 自分の子供を持たなければ 苦労もない 

苦悩もない

けれど それは自分自身の保身のための 私の言い訳だったのかもしれない


この人の胸で泣いたのは何度目だろう

その度に 慰められ 癒され いろんなことを解決してきた


どれくらい 抱きしめられていたのだろうか

涙とともに さまざまな思いが浄化されていく



「落ち着いた?」


「うん……だけど もう少し時間が欲しいの」


「ゆっくり考えるといいよ お互い納得するまで話をしよう 

それから……子供のこと もう一度考え直してもらえないかな」
  

「わかったわ 私も自分だけで考え込まないようにするわね」



ほどかれた手が 私の涙をふき取った



「明日 あさっては二人だけだね ガイドもいないから心配だなぁ」


「あら 頼りにしてるのに」



彼が いつものように微笑んだ




ベッドに横になると 衛さんは後ろからゆったりと抱きしめた

まるで繭をくるむように……

ぴたりと添わせた体は 私を守っているよう


さまざまな思いがよぎり なかなか寝付けなかったが

彼に包まれるように抱かれ いつしか眠りに落ちていた





翌朝 早い出発だと言われていたためか 目覚ましより早く目が覚めた

目の前に端正な顔があった

メガネをはずすと優しい顔だと知ったのは いつだったか

目を閉じると 目尻が上がるのだと気がついたのは いつのことだっただろう

仕事のときの厳しい顔からは想像もできない 少年のような寝顔

私だけが知っているのだと思うと 嬉しくて思わず ふふっ と声が出た



「う……ん おはよう もうそんな時間?」


「まだ大丈夫よ 寝過ごしちゃいけないと思ったら早く目が覚めたの」


「僕の顔を見て笑っただろう」


「笑ったんじゃなくて嬉しくなったの 

私だけがこの寝顔を知ってるんだなぁって」


「それはお互いさまだよ 今朝はいい顔をしてるね 

朋代が元気になって良かった」


「ぐっすり眠ったから……今日も良いお天気よ さぁ起きましょうか」



ベッドから抜け出そうとして腕を引き戻された

重ねられた唇が物語る

安心してついて来て欲しいと言っているようでもあり

どんなこともがあっても守るからと言っているようでもあった

身をゆだねる心地よさに 朝の時間を忘れそうだった




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