結婚白書Ⅲ 【風花】


「うふふ……仕事をする姿からは想像もつかないわね

子供を抱きながら揺れてるあなたを見たら 局内の女の子たちは

ガッカリするかも」
 

「揺れてる? あぁ 子供を抱くと つい揺れるんだ 仕方ないじゃないか

子供が生まれたのはみんな知ってるんだし こんなの当たり前だよ」



それでも まだ可笑しそうに肩をふるわせて 朋代はキッチンに向かった

彼女の後姿は 育児の忙しさで ひとまわり細くなっていた

家事をしながら 時折見せる横顔は ほとんど化粧をしていないはずなのに

艶やかな肌だった



「出産後って 肌が変化するのよ 新陳代謝が良くなるのかしら」



賢吾を産んだあと 小夜子の言った言葉が ふと頭に浮かんだ

別れてからずいぶんたち 思い出すこともなくなっていたのに 

今日の姉の電話で賢吾の話をしたせいだろう

小夜子にも一度会って話をしなければと思ってはいた

いい機会かもしれない 

賢吾のためにも 互いの近況を伝えてもいいのではないか

私の中に余裕が生まれたのか 別れた妻のことを静かに考えられるように

なっていた



入浴の準備ができたと 浴室のアラームが鳴る



「一緒に風呂に入るよ」


「そうしてもらえると助かるわ お願いします」



朋代のほっとした声

一日中 赤ん坊と過ごす疲れがうかがえた



一緒に浴槽につかると 小さな口が不似合いなほど大きなあくびをした

泣き疲れたのか 風呂の心地よさか 眠気を誘っているようだ

トロンとした目が自分に似ていると思う


ようやく首が据わり 指をしゃぶったり 手足を握ったり

活発に動く姿を見ているのは飽きない

寝返りをしたいのか しきりに手足を動かすが 思うようにいかず

唸っているさまでさえ可愛い


この子が生まれてから賢吾の小さい頃を思い出すことが多くなった

賢吾のときも 寝返りをなかなかしないと心配したものだ

”今頃の年齢の方がすんなり受け入れると思うわよ”

そうかもしれない 食事のあとで話をしてみるか……

ぷっくりと太った子供を抱え 様子を覗きにきた朋代に手渡した




< 122 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop