結婚白書Ⅲ 【風花】


大輝の百面相を思いっきり堪能した二日間だった

空港へは 兄貴が送っていくよと言ってくれた

気分転換にもなると 和音さんと大輝も一緒だった



空港に着き 搭乗手続きカウンターに向かうと

そこには 会いたい人が立っていた



「そろそろ 君も来る頃だろうと思ってね」



私だけが知っている あの笑顔に会えた


課長に兄貴を紹介する



「妹がいつもお世話になっています」


「いえ こちらこそ 朋代さんにお世話になっていますよ」



遠野課長の口が ”朋代さん”と言った

それだけで 体が熱くなってくる



「現地の天候が悪いそうだ 引き返す恐れもあるらしい」



遠野課長の説明に 兄夫婦が心配な顔をする

”向こうに着いたら電話しろよ”と心配そうな顔をした兄と 

”飛行機が引き返してきたら 家にきてね”と言ってくれた和音さん

兄夫婦と別れて出発ゲートをくぐった 



飛行機が飛び立ってしばらくは 揺れることもなく 心配された現地の天候も

回復傾向にあり 今のところ 無事に着陸予定だと機内アナウンスが流れた


東京から飛び立つ最終便

機内の乗客はまばらで 前後にも人の気配はなかった


肌寒い……そう思っていたら 課長がブランケットを借りてくれた


最初はあまり揺れなかった機体も 現地に近づくにつれ 少しづつ

気流が乱れてきた

シートベルト着用サインもついたまま


課長が 私の右手をそっと握って ブランケットを上から掛けた



「そろそろ揺れが激しくなってくるころだろう 

怖かったら しがみついてもいいよ」



冗談交じりの言葉だったが つながれた手に緊張が走った



「ホントにいいんですか? 私 しがみつくかもしれませんよ」



緊張を解きほぐしたくて 心にもないことを言う



「はは 君なら大歓迎だよ どうぞどうぞ ここなら誰も見てないしね」


「えーっ? 本気にしちゃいますけど じゃあ 今だけ恋人になります」



課長が 珍しく声をたてて笑って ”それはいいね” と言う



ブランケットの中の手は 初めは軽く繋がれたままだったが 

機体が揺れるたびに強く握られた

気流が落ち着いても 私たちの手は離されることなく繋がれていた

彼の手が 私の指一本一本を確かめるように撫でていく

私も それに応えて手を握り返す



いつしか 私たちは 指をしっかり絡めていた




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