結婚白書Ⅲ 【風花】
6.抱擁


飛行機は引き返すことなく無事についた



「今だけ恋人になります」



彼女が言い出した ”つかの間の恋人”


飛行機の中で 私たちは疑似恋愛をしていた

でも 本当に 君とそうなりたいと言ってしまいたい



何を考えているんだという 冷静な自分

気持ちに素直になれよという 積極的な自分



今はまだ 冷静な自分が なんとか平静を保つ手助けをしていた



「帰りはどうするの?車で来てるから送ろうか?」



彼女と ここで別れた方がいいに決まってる 

それなのに 口に出るのは誘うような言葉だった



「本当ですか?助かります リムジンバスだと 降りてから不便なんです 

じゃあ お世話になりますね」



嬉しそうに答える彼女がいた



夜の高速道路を ひた走る

途中 パーキングエリアで一度車を降りた

並んで歩きながら コツンと手が触れ 

それを合図に どちらからともなく手を繋いだ

私たちの疑似恋愛はまだ続いていた




彼女のマンションに着き 荷物を運ぶため部屋の前にきて 

そこで 私たちの恋愛ごっこは終わるはずだった



「あの……コーヒーでもいかがですか

ベトナムを旅行した友達から とっても美味しいコーヒー豆を

お土産にもらったんです」



ここで引き返すべきだった

それなのに

思い切れない私の返事は



「いいのかな? じゃあ コーヒーを一杯だけ」



私は いったいどうしようとしているのか

自分の気持ちに正直に行動しているだけ

彼女と もう少し一緒にいたい


ただ それだけだった




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