結婚白書Ⅲ 【風花】
8.告白


昨夜はほとんど寝ていない

明け方 少しまどろんだか

それでも 朝はいつもと同じ時刻に目が覚めた




目覚ましにコーヒーを淹れる

サイフォンから漂う香りが 昨夜の出来事を呼び起こした

コーヒーの香りとともに蘇る 彼女の肌と唇の記憶


手に 口に 

鮮明に残る感覚を忘れまいと 

自分の手を握り締め 口元に押し当てた


彼女の腕に抱かれながら 胸元に口づけた

何もかも忘れて 思いを遂げようとした

あの時 理性などどこにも存在しなかった 


電話がなければ……

いや あれで良かったのだと 自分に言い聞かせる


ドアの前でしばらく立っていたが 鍵を閉める音に その場を立ち去った 

鍵音が 彼女の答えだったから




ネクタイを締めながら 鏡の中の自分と向き合う


現実を見据えなければ

昨夜の出来事は 胸の底に沈めようと 


そう思いながらも また手の感触を呼び戻そうとしている自分が鏡の中にいた






出勤後 彼女の姿を探す

よかった 出勤している……




その後 彼女と廊下ですれ違ったが 

無言のまま会釈をして 私の横をすり抜けていった


暗く重苦しい顔は 彼女の顔に憂いを与え

美しいとさえ思った


私はなんて思い切りの悪い男なのだろう


あんなに辛そうな彼女の顔を見ても こんな事を考えるなんて



”遊びが本気になるぞ”



先輩の言葉が頭をよぎる

遊びなんかじゃない 

 
人を恋しい 愛しいと

抑えても湧き上がる感情


どうしたら この溢れるような想いを封じめこられると言うんだ





振り払えない彼女への想い


妻の存在

息子の存在

自分の立場


様々な思いが 体中を駆けめぐる

パズルのように ひとつひとつを当てはめるが 

どれも噛み合わず 私の中で宙に浮いていた







出張後 さっそく来年度の会議開催へ向けて準備が始まった


普段の業務に加え 会議開催の準備

主に私の課が担当するため 仕事量は大幅に増えた


桐原さんの課とは 何かと接する機会が多く

彼女との会話は避けられなかったが 仕事の話に終始した


互いに 他人行儀な言葉を使い

相手に関心などないように振舞う



彼女の姿を見るたびに コーヒーの香りとともに蘇る記憶

心の奥にしまった想いを 誰にも気取られてはいけないと

必死に繕う毎日



彼女への想いを封じ込めようと仕事に没頭した


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