結婚白書Ⅲ 【風花】


残業が続いたある日



「遠野君 たまには家に来ないか?その調子じゃ食事もろくにしてないだろう

家内も 君に会うのを楽しみにしてるよ」



そうだった 

このところ満足な食事をとっていない

夕紀さんにも久しく会ってないな


仲村さんの誘いに快く応じた






お嬢さん達へ 土産のケーキを渡すと

二人から 行儀のいい返事と挨拶が返ってきた



「何年生?」


「三年生です 妹は一年生です」



夕紀さんのしつけがいいのだろう

きちんとした答えが気持ち良かった



「遠野さん お久しぶりね こちらの生活には慣れました?

私ね ここがとっても気にいってるの

主人に あと2・3年居てもいいわと言ったくらいよ」



ふくよかな顔から こぼれるような笑み

若い頃とは違う落ち着きがあった



夕紀さんは 私が入省した頃同じ課で仕事をしていた先輩たっだ

歳は私より3つほど上だったか


当時 彼女には婚約者がいると知っていたから

仲村さんと結婚すると聞いたときは 本当に驚いた



「今日はお邪魔します 夕紀さんの料理 楽しみだな 

一人だと ろくな物を食べてなくて」



どうぞどうぞ と背中を押されるように中へ招かれた



「もしかして 3人目ですか?」



夕紀さんの腰のあたりが やけに大きく見えて つい聞いてしまった



「はは……実はそうなんだ こっちに来てから出来たんだ 

環境が変わると……ってね」



仲村さんが照れくさそうに答えてくれた




「仲村さん達が新婚の頃は よくご馳走になりましたね 

夕紀さんは 料理上手で仲村さんが羨ましかったなぁ」


「あら 遠野さんには素敵な奥様がいらっしゃるじゃないの 

フランス料理のお教室に 何年も通ってらっしゃるとお聞きしたわよ」


「えぇ その延長で仕事を始めて 最近教室を開いたようです」




”お教室を開きたいの”と 妻から電話が来たのは1ヶ月ほど前

今まで先生の助手をしていたが 自分の教室を持つことを勧められたのだと

嬉しそうに話していた



『賢吾は母が見てくれるって言うし 思い切って教室を開こうと思って』



今までも先生より先には帰れないという理由で 子どもの世話を

母親に頼ることが多かった

外の仕事が楽しいのか 家の中は後回しになる

私が帰宅しても 食事の用意が出来ていない日も多かった



『貴方のところへ ますます行けなくなりそうで申し訳ないけれど……』


そんな殊勝なことを口にした




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