結婚白書Ⅲ 【風花】


数日後 会議があり 始末で残っているときだった



「桐原さん 今夜は予定がある? 飲みに行くんだけど 一緒にどう?」



各務さんから このメンバーで行くんだと名前を挙げながら声を掛けられた

各務さんのほかに4人 その中には遠野さんも入っていた

一瞬ためらったが 断る理由がとっさに見つからず了承した


各務さんは今年4月に 他県から赴任してきた

地方統括の役職でもある調査官は 技術職のため理系大学の出身者が多く

それが女の子たちに人気の理由でもあった


各務さんは 誰にでも気さくに声を掛ける

柔らかい雰囲気で 人に警戒心を抱かせない 

そんなところも 彼が慕われている理由のひとつだった

今夜も幹事役をかってでて 店の予約などしてくれたようだ



店に入ると あえて遠野さんから離れた席に座った


互いに 相手を見ることなく 

互いに 相手の話には言葉を返さない


そんな不自然な私たちに 誰も気がつかなかった

私の隣に座った各務さんは ともすれば無口になりがちな私に 

さり気なく話しかけてくれた



「桐原さんっていつも静かだね はしゃぐなんてことある?」


「私って暗く見えますか?」


「いや 暗いってわけじゃないんだ ごめん言葉が足りなかった 

落ち着いているといった方が良かったね」



素直に謝る姿に好感が持てた



「いえ……私 冷めてるねとはよく言われます 実際そうですけど」


「冷めてるか……それは 他の見方をすれば 冷静だということなんだろうね」


「各務さんっていい方ですね そんな風に受け取ってくださるなんて」


「いい方かぁ 俺って やっぱりそうなるのかぁ」



頭をかきながら笑っている

いつもなら ”私 ”とか ”僕” と言っている各務さんが 

突然 ”俺” になって それがなんとも可笑しかった



「あっ ごめん はは……」



それをきっかけに くだけた口調になり無理なく話せるようになった

学生時代熱中したこと 実家のこと 仕事の失敗

どれも楽しそうに話をしていた

物事の捉え方が真っ直ぐなのがよくわかる

各務さんと話していると 気持ちが穏やかになっていく気がした



「桐原さんと 今までこうして話をする機会がなかったね 

もっと早く誘えば良かったな」



その声に 各務さんと同じ 調査官の南さんがからかった



「おい 二人だけで楽しそうじゃないか 

彼女を口説くなら 別席でゆっくりやってくれ」



座が笑いに包まれたが 私たちの姿が 遠野さんの目にどう映っているのか

気になった





別れ際に各務さんが近づいてきた



「次は 桐原さんだけ誘ってもいいかな」



なんとなく頷いて顔を上げると 各務さんの肩の向こうに

遠野さんの視線があった

その目は険しく 各務さんを射抜くように見ていた



遠野さんに 心の奥を見られたようだった

苦しい思いから抜け出したいだけ……それなのに

体の芯が疼く……

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