結婚白書Ⅲ 【風花】
9.思慕


気がつくと 目が彼の姿を追っている

こんなに狂おしい恋をするとは思わなかった


鏡に姿が映るたびに 肩先と胸元の刻印を確かめる

徐々に消えていく彼の名残り

それに反比例するかのように 彼への思慕は募っていった 






「たまにはお茶しない?」



水城さんから誘われた

最近仕事が忙しく お互いに誘うこともなくなっていた




「ねぇ 野間さんのこと聞いたんでしょ?辛いだろうけど元気を出してね

貴方には もう少し大人の男性の方が合ってると思うわ」


「えっ? 何の話?」


「なにって 野間さん 新しい彼女と付き合ってるって 

桐原さんと別れたって聞いたから……もしかして 何も言われてないの?」


「うん 聞いてない」



水城さんが ”しまった”という顔をしている



「ごめん この頃元気がないから てっきりそれが原因だとばかり思ってた」


「心配してくれてたんだ ありがとう」



和史が アルバイトの女の子と親密になっている

桐原さんは それが原因で落ち込んでいるのだと 

みんなが噂していると教えてくれた



「私 そんなに元気がなさそうに見える?」


「見えるわよ ため息ばかりついてるじゃないの」



自分では気がつかなかった 気をつけなくちゃ……



「ねぇ 調査課の各務さん アナタを良く見てるわよ 気がついてた?」


「各務さんって 調査官の各務さん? うぅん 気がつかなかったけど」


「彼 人気があるのよ 課長達ほどエリートじゃないけど 

調査官って特別職でしょう 女の子たち みんな狙ってるわよ」


「そうみたいね」


「そうみたいねって まるで人ごとね」



水城さんは ”そこがアナタのいいところよね” と笑っていた



各務さんのことなど まったく眼中になかった

今は 遠野さんへの想いを封じ込めるのに精一杯だったから





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