結婚白書Ⅲ 【風花】


「我慢してたのに ずっと我慢してたのに 

普通に振舞おうと 私 気持ちを抑えてきたのに……」


「君と同じだよ 各務君と君の姿を見るたびに 辛くて やりきれなくて 

やっとの思いで過ごしてた」



彼女が振り向いた 



「そんな……各務さんの事なんて なんとも思ってません

私は ずっと遠野さんだけを見てました」



その言葉に 私の中で何かが弾けた

彼女のそばに歩み寄り 思いのたけをぶつけるように抱き寄せた

腕の中の朋代が 少しばかり抵抗したが

私はそれを許さなかった

この数週間 離れられない相手だと思い知らされた



「わがままな思いだとわかってる でも もう限界だ……」


「私だって同じです 遠野さんが病気だと聞いて じっとしてられなくて

気がついたらここに来てました」


「病気に感謝だな」



朋代の体の強張りが ふいに解けた



「病気に感謝だなんて……でも そうかもしれませんね

そのおかげで 自分の気持ちがはっきりわかりましたから」



覚悟を決めた声だった



「朋代」


「もぉ 名前を呼ぶなんてずるいわ 私 ますます帰れなくなります」



困ったような それでいて 嬉しそうな声にも聞こえた 



「ずるいと思われてもいい 君にもう少しここにいて欲しいからそう言った

僕は自分に正直な人間なんだ 今頃気がついたの?」



腕の中で ククッと笑う声がした



「笑わなくてもいいだろう」


「だって……僕になってる」



まだ可笑しそうに笑う顔を 手を添えて上向かせる



「風邪がうつったら 今度は君の看病をするよ」


「その時はお願いします」



そう言った唇に 静かに口づけた

私にまだ熱があるのか 彼女の唇は冷たく ひんやりと心地良かった



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