結婚白書Ⅲ 【風花】


穏やかな時間が過ぎてゆく

同じ部屋にいるのに 彼は本を読み 私は食事の準備や片付け

会話を交わすこともなく それぞれが過ごす

この空間が心地よかった


いつまでも 

ここで 

こうしていたい


私達には許されないけれど……




「明日は出勤するよ 本当にありがとう

このお礼はなにがいい?リクエストがあるなら受け付けるよ」



「本当に? それじゃぁ……美味しいものをご馳走してください

思いっきり高級なところをお願いします」



「はは……君も言うじゃないか わかった 探しておくよ」



私の腰に手をまわし 彼の指が 私の唇をなぞる

ゆっくり重ねられた唇が 次第に熱くなってゆく

やがて 抑えていた激情をぶつけるように 激しい口づけにかわった


この人は 私を欲している

いつか この人の肌を受け入れることになるのだろうか

そんなことを思った







仕事は忙しさを増してきたが 

気持ちが上向いているからか 何をやっても苦にならなかった 




そんな中 また各務さんから食事に誘われた 

このままではいけないと思い 正直な気持ちを伝えた



「各務さんのお気持ちは嬉しいのですが あの……」


「桐原さん 好きな人がいるんでしょう? そんな気がしたから」


「各務さんには 本当に良くしていただいたのに 

私 どうしても思い切れなくて……すみません」



各務さんはため息を吐くと ”残念だな” と寂しそうな笑顔で頷いてくれた

この人と……この穏やかな人のそばにいたら 遠野さんを忘れられると

そんな勝手なことを思っていた自分が恥ずかしかった

各務さんは その後も変わりなく私に接してくれた





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