結婚白書Ⅲ 【風花】


遠野さんも体調が戻り 忙しそうに仕事をこなしていた

二人で会う時間はなかなか取れなかったが 同じフロアにいて

愛しい人の存在を そこに感じ取れる

そんな些細なことが嬉しかった


残業で帰りが遅くなった日など みんなで食事をすることも多かった

そのあと 何度か私の部屋まで送り届けてくれたが 

遠野さんは部屋に上がることは固辞していた

互いの理性が 最後の一線を越えることを拒んでいた


今は 惹かれあう想いを感じるだけでいい

互いのすべてを受け入れてしまったら その先に待っているのは苦悩だけだと

わかりすぎるくらい わかっている


この結末は考えたくない

それが私の正直な気持ちだった







「桐原さん やっと元気になったわね 各務さんと付きあってるの?」



水城さんが やってきた



「うぅん 各務さんにはお断りしたの 他に好きな人がいるから」


「そうだったの……でも良かった あなたが元気になって 

ねぇ 好きな人って誰? 私が知ってる人?」


「うぅん 知らないと思う」


「そう 残念 でもいつか紹介しなさいよ 

桐原さんが好きになる人ってどんな人か 興味があるわ」


「えぇ いつかね」



いつも心配してくれる彼女

本当のことを知ったら どう思うだろう

友人を裏切っている罪悪感

針の先で チクン と刺されたような痛みを感じた





和史から 会えないかと電話が来たのはそんな頃だった 

「会って話したいことがある」 と それだけ





< 42 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop