結婚白書Ⅲ 【風花】


翌朝 目が覚めると彼女の姿がなかった

浴室から水音が聞こえてくる

しばらくすると 濡れた髪を拭きながら 彼女が戻ってきた



「おはようございます よく眠れましたか?」



濡れた髪のせいか いつもより艶やかな顔に見える



「起こしてくれれば良かったのに」



彼女の手からタオルをとり 髪を拭いてやった



「わぁ 気持ちいい」



そう言うと目を閉じた



「これから 高原のホテルに行ってみようか」



えぇ……目を閉じたまま朋代が答えた








途中から降り出した雨は だんだんひどくなり

ホテルに着く頃には土砂降りになっていた

レストランの窓に 打ち付けるように雨が振る



ランチタイムをはずれたせいか レストランの客はほとんどいなかった

ホテル近くの農場と契約しているため 新鮮な肉やソーセージが美味しいと

聞いていた



「お腹がすいてると 何でも美味しいわ」


「ひどいなぁ せっかくここまできて その感想はないだろう」


「あはっ ごめんなさい とっても美味しいです」


「とってつけたようなこと 今さら言われてもな ご馳走のしがいがないね」


「本当ですよ ウソじゃありません」



朋代が 大げさに手を振って否定している

二人で食べる食事は 何でも良かった

同じ時間が共有できればそれでいい



窓際の席に座ったのに 雨と霧で外の風景は見えなかった

微かに認められる紅葉は 霧にかすんで色を失っていた



「せっかくの眺めも これじゃ望めないね」


「私達の行いが悪いせいかしら……」



彼女の漏らしたひと言が 現実を突きつける



「そんなことない……」



私達の関係は許されないのだと 自ら言っているようだった



「たとえ 人が背徳行為だと言おうと 君への気持ちは本気だから」


「わかっています」



朋代の思いつめた顔に やるせなさが募る

背徳行為などと わかっているようなことを口にした

このレストランも遠く県境の高原のホテルを選んだ

知り合いに会うことがないように……



赴任前に 先輩達に言われた事が実際に起きてしまった

本気か……


私の態度如何で 彼女の人生が変わってしまう

妻との関係を考え直さなければならない時期がきていた



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