結婚白書Ⅲ 【風花】


妻が帰宅したのは深夜近くだった

いつもより濃い化粧 

短い爪に塗られた赤いマニキュアが やけに目についた



「こんな時間まで仕事か?」


「スタッフと飲みに行ってたの 賢吾の受験もすんだし 

時々こうやって発散しないと身が持たないわ」


「賢吾はお義父さんのところへ預けて いつもこうなのか」


「たまによ たまに 貴方だってそんなときがあるでしょう?」



化粧を落としながら こともなげに言う

今なら 自分の気持ちを言えそうだった

気持ちを落ち着かせて 一息つくと話を切り出した



「話がある……僕は君にとって何だ? 

飾りの夫か?子どもは親に預けて 君は自分の仕事を優先させる 

僕の存在価値はどこにもないようだね」



妻の顔色が変わった



「なにを言いたいの?私が貴方をないがしろにしてるって言いたいの?

それは誤解だわ ちゃんと話し合いましょう」



「あぁ 話し合いたいね 君の意見を聞きたいよ」



「前にも言ったけど 貴方を一人で赴任させたのは悪いと思ってるわ 

私がなかなか行けないのも悪いと思ってる

だけど 私も仕事があるの 無責任なことはできないのよ 

お互いに仕事があるんだし 

貴方には少し不自由をかけるけど 今の状態がベストだと思うけど」



「君の言い分はわかった 僕に不自由をかけてると思ってはいるんだな 

じゃぁ 自由にさせてもらうよ」



「それ どういう意味? 私と別れるって言うの?

私がやりたいことをやるのが そんなに不満なの?

そんな理由で離婚だなんて 聞いたことがないわ 

まさか 本気じゃないでしょうね」



私は返事をしなかった 

言い返す気力もなかった


こんなに身勝手な女性だっただろうか

出会った頃は もっと分かり合えた


私の沈黙に妻はうろたえた



「貴方 本気で私との離婚を考えてるの?」


「あぁ……」


「ちょっと待ってよ 冷静になって 私にはわからないわ」


「わからないなら尚更だ 今さら何を言っても無駄のようだね」


 
静寂が不気味なくらい続いていた 

やがて たまりかねたように妻が口を開いた



「今夜はお互い気持ちが高ぶっているみたいね 明日 また話しましょう」





< 53 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop