結婚白書Ⅲ 【風花】


翌朝 課長補佐から仕事の指示を仰ぐ電話がきた



「……わかりました ではお願いします」



電話のやりとりを聞いていた妻が 怪訝そうに聞いてきた



「部下なのに敬語を使うの?貴方 気を遣いすぎじゃないの?」


「部下とは言っても ずいぶん年配の方だからね 

こちらが気を遣って当然だよ」



憮然と答えた



「トラブルが発生したそうだ 午後の便で帰るよ」


「そう……昨夜の話 本気じゃないわよね?私も言い過ぎたわ 

近いうちにそちらに行くから」



それには答えず 新聞に目を落とした

トラブルが発生したとはいえ 私がいなくても補佐が処理してくれる

とにかくここから 妻の前から去りたかった



「話の続きは電話で……」


”わかったわ”とだけ言い 妻は仕事へ出掛けていった

話し合いか……長引きそうだな





飛行機に乗る前に朋代にメールをした

即座に返信が来た


『空港まで迎えに行きます』


”いいよ 部屋で待ってて”と送ると またすぐに返事が来た


『いいの 会いたいから』



会いたいか……

ささくれだった気持ちが癒される

しばらく画面の文字を眺めてから消去した





6日ぶりに会う彼女は どことなく元気がなく 疲れが滲んでいた



「どうしたの 元気がないね」


「あとで話します……」


「聞くのが怖いね」



いつもなら すぐに返事をするのに 今日は黙り込んだまま



「迎えに来てくれるなんて 嬉しかったよ」



私の言葉に はかなげに微笑んだ

唇を合わせたが 彼女は すぐに離してしまった

いつもと あまりに違う様子

不安げな彼女をしばらく抱きしめていたが

彼女の肩が 小刻みに震えてきた


私の胸で 朋代が静かに泣いていた






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