結婚白書Ⅲ 【風花】


赴任先は 言葉の訛りをのぞけば快適だった

都会に比べて空気はいいし なにより食べ物が美味しい

年上の部下達も 言われていた程扱いづらくない むしろ上手くいっていた

土地柄か 穏やかで開放的な気風は馴染みやすかった

局内に同窓の課長がいるのも心強かった



妻は 引っ越しの手伝いに来たっきり こちらにくる予定は当分ないという

東京の自宅に電話をしても 留守が多かった



「だって 夜は寂しいし 親子二人だから物騒でしょう 

昨日は実家に行ってたの 両親も喜んでくれるし 

お夕飯の支度もいらないじゃない」



妻に留守の理由を聞くと 必ず同じ答えが返ってくる

こっちは不自由してるんだ そう言いたかったが言葉を飲み込んだ

妻に愚痴めいたことを言いたくなかった 





赴任して1ヶ月が過ぎた

朝はコーヒーと たまにトーストを食べる

昼と夜は外食だが 努めて野菜中心のメニューを選んだ

子どもがいないから部屋も散らからない

洗濯は乾燥機付きの洗濯機が全部やってくれる


思ったより快適な生活

時間が自由になる生活は 満更悪くなかった



昼を過ぎて やっと頭がスッキリしてきた


昨夜は 桐原さんにずいぶん迷惑を掛けたな

女の子を送るなら話はわかるが こっちが送られるなんて 

何かお礼をしなきゃな ランチでも誘ってみるか

だが 女子職員と一対一はまずいな

そうだ 水城さんと一緒なら問題ないだろう


誰もいない 男一人暮らしのマンションに入ってもらった

体調が悪かったと言えば言い訳にはなるが 女性を部屋に入れてしまった

後ろめたさを感じていた


彼女も 私をあのままほっておけないと思ったんだろう

申し訳ないことをしたな……


このときは まだ純粋にそう思えた

申し訳ない……この気持ちに偽りはなかった


まさか 彼女の姿を見て動揺する自分がいるとは 微塵も思わなかった




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