結婚白書Ⅲ 【風花】


3月に入ると 転勤の準備に追われた

仕事だけでなく 送別会や各部署への挨拶まわり 

赴任先への様々な手配など 衛さんの忙しさは 並大抵ではなかった


私の方は退職するため 引継ぎさえしてしまえば そう忙しくもない

有給休暇の消化をしながら 彼のマンションの整理を中心に引越し作業に

専念した

赴任先の官舎の間取り図を参考に 置ける家具 処分するもの 

新たに購入する家具

二人に必要なもの そうでないもの

大変な作業だったが 二人で話し合いながら 一緒に事を進める充実感を

感じていた







転勤を二週間後に控えたある日 仲村課長のお宅に挨拶に伺った



「ようやくここまで来たね……おめでとう」



仲村課長と夕紀さんが 感慨深げに私たちを見る



「仲村さんのおかげです 夕紀さんにもお世話になりました」


「父からも 課長によろしく伝えて欲しいとのことでした……

本当にありがとうございました」



衛さんと二人で 頭を下げた



「ほら 二人とも頭を上げてください 私たちの力じゃないわ 

遠野さんと朋代さんが 諦めずにひとつずつ超えてきた 

それが実を結んだのよ」


「そうだよ 私もそう思うよ」



仲村課長の声がかすれていた 

コホンと咳払いをひとつすると 立ち上がり 隣の部屋へと消えた



「ふふっ あぁ見えて涙もろいのよ ちょっと時間をちょうだいね」



そう言った夕紀さんの目も潤んでいる

”今日はゆっくりしていってね” と言うと 台所へ入っていった

程なく課長が戻ってきた 腕に赤ちゃんを抱っこしている



「三番目の娘の美紗だ 君たちからお祝いをいただいていたのに 

顔を見てもらうのは初めてだね」



腕からおろすと 美紗ちゃんは危なげに歩き出した

衛さんが手をだすと そこへ向かってくる

あと一歩というとき バランスを崩して転んでしまった

そんな美紗ちゃんを 衛さんは手馴れた様子で抱き上げた



「わぁ 女の子って柔らかいですね」


「そうだろう 女の子はいいいぞ」


「そんなこと言って 娘の結婚式で泣くのは目に見えてますよ」



皿をのせたお盆を持って 夕紀さんが部屋に入ってきた



「朋代さん 次のおめでたい報告を待ってるわね」



夕紀さんが柔らかく微笑む

ごく当たり前の言葉だったが 私はそれを複雑な思いで受け取った

美紗ちゃんをあやす衛さんの姿が 心の奥のしこりに触れる

思いを振り払うように 笑顔を作り 夕紀さんの手伝いをするため台所に立った




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