結婚白書Ⅲ 【風花】
 

彼に聞いてみたいことがあった

言い出しにくくて 今日まで来てしまった

こんなことを聞いたら 気分を悪くするんじゃないかと思うと 

なかなか言い出せない



「どうしたの さっきから難しそうな顔をしてるけど そんなに悩むことかなぁ

指輪のデザインなんて さほど差がないように思うけどね 

男にはわからないことかもしれないね」



ハンドルを握りながら 衛さんが不思議そうに言う



「そうじゃないの あのね ちょっと気になって……

前の結婚指輪は どうしたの?」


「持ってないよ」


「持ってないって 処分したの?」


「いや 指輪はしないから 結婚指輪は買わなかった」


「そうだったの」



思わず安堵の声が出てしまった



「そんなことを気にしてたのか もっと深刻な問題かと思ったよ」


「私にとっては深刻なことなんです」



彼が さも可笑しそうに笑う そんなに笑わなくてもいいのに……

頼んでみようかな 今なら言えそうだ



「あのね……」


「まだ何かあるの? 朋代の ”あのね ”は怖いからなぁ」


「衛さんは指輪をしないの?」



彼の顔が 一瞬 困り顔になった  

やっぱり言わなきゃよかった



「うーん 正直言って 指輪をするのは抵抗があるなぁ 

いままでもしたことがないし違和感がありそうでね 

朋代は 僕にも指輪をして欲しいの?」


「うん どうしてもいやなら 無理にとは言わないけど できたら……

だって 新任の課長って みんな興味津津でしょう?

赴任先で独身だって誤解されたくないし」



彼が とうとう笑い出してしまった 口元を押さえながら 体を揺らして

笑っている



「そんなに笑わないで 私は真面目に心配してるのに」


「あはは ごめん 君も僕の事を最初はそんな風に見てたのかなと思ったら

嬉しくなってね

ちょっと愉快になったんだ 指輪のあるなしで注目度が違うのか 

知らなかったよ」


「だって そうでしょう? 結婚してるかしてないか 

左手の薬指を見れば一目瞭然だもの 

そんなに可笑しいかなぁ もういいわ 忘れて 変なこと言ってごめんなさい」


「いいよ 僕も指輪をするよ」


「えっ?」


「赴任先で 独身だと思われても困るからね 

結婚したばかりの妻に心配をかけられないよ」



彼の口から出た”妻”の言葉に 胸がドキンとした。


私 この人と結婚するんだ……

そのとき 初めて実感した



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