恋とくまとばんそうこう


「…なんだ、また逃げられたのか。」

ニヤニヤとのんびり絡んでくる松浦を横目に俊は慌ただしく練習着を脱ぎ、たくましい筋肉を晒した。

ポーカーフェイスの上に薄っすら苦笑いを滲ませる俊に松浦は愉快に笑う。

「あんまりがっつくと余計に逃げるんじゃねーのか?」

そうは言っても、もう色々と俊は切羽詰まっているのだ。

一年。

一年だ。

もう、充分待った気がする。

そろそろ限界だ。

「もっとさぁ、押したら引いてみるとかだなぁー。」

「引いてる余裕なんてない。」

バタバタと荷作りする俊のこぼした言葉に松浦は吹き出す。

「くくっ、いつも余裕そうな顔してるくせによく言うよな。」

今俊がおおいに焦っているのを腹の底で分かっている癖に、よく言うのはどっちだと俊も笑った。

そもそも俊がこんなにまで慌てているのは、非常事態だからだ。

いつもの歌が、聞こえない。

それはつまり、彼女が音楽室にいないことを物語っている。

その可能性は高いだろう。

なんせ、人は追いかけられれば自然と逃げる生き物だ。

俊は、自分が追いかける側の生き物であるという自覚があった。

今回も、もしかしたら逃げられたかもしれない。

それでも足の速度を緩める訳にはいかなかった。




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