たぶん恋、きっと愛


雅は、玄関をくぐる頃には、無言だった。

震えてもいないし、泣いても居ない。


笑っても、いなかったけれど。


ただ、エナメルの赤いミュールを脱ぐときに、諦めたような、それでいて酷く迷っているような目を、鷹野の靴に向けた、だけ。


目を上げないまま、ごめんなさい、と囁くように呟いた雅は、鷹野の手を取った。



「お風呂、きっとお湯あふれてますね」

一緒に入りましょう、と。



友典の事にも、由紀の事にも、それきり触れることのないまま、鷹野の手を引く雅の指は、その躊躇のない動きとは裏腹、ひどく冷たくて。


切り込みを入れたストローを無造作に掴むと、ためらうことなく。

まっすぐに。


バスルームへのドアを、開けた。




 
< 712 / 843 >

この作品をシェア

pagetop