涙と、残り香を抱きしめて…【完】

朝から下ネタっていうのも、ちょっと恥ずかしかったけど、内容はどうであれこうやって人目を気にせず彼氏と肩を並べて歩くことが出来る喜びは格別だった。


仁とは、そんなこと出来なかったから…


社内恋愛を隠し、不倫という不貞を隠し
いつも神経をピリピリさせていた。


だからこそ、この解放感は新鮮だったんだ。


でも…だからと言って、仁を綺麗サッパリ忘れたか…と聞かれれば素直に頷けない自分が居る。


8年という年月は、そう簡単に忘れられるモノじゃないのかもしれない…


「おはよう御座います」


成宮さんとオフィスのドアを開けると、既に出社していた明日香さんと数人の社員の中に、仁が居た。


ここ暫く姿を見ていなかった仁。
彼を目の前に、私は少なからず動揺していた。


「…島津部長…来たか…」


仁の低い声に、ビクッとする。


なんだか、オフィス内の雰囲気がおかしい…


「…何か?」


辛うじてそう言葉を返すと、険しい顔をした仁がこちらに歩いて来て、私を睨み付けた。


「理子をモデルから降ろしたそうだな?
それは、お前の判断か?」

「そ、そうです」

「どうして、そんな勝手なマネをした?」

「えっ…?」


それは、今まで見たことも無い仁の怒りに満ちた顔だった。


どうして?どうしてそんな怖い顔で私を見るの?
たかがモデル一人クビしたくらいで、仁がそこまで怒る必要があるの?


それは…理子だから?
あの娘が好きだからなの?


「自分の我を通すのも、いい加減にしろ!!
お前は仕事をなんだと思ってる?」

「違う…私はただ…あの娘の仕事に対する態度が…」

「黙れ!!
お前はこの企画を潰す気か?
どうやら俺は、島津を甘やかし過ぎたのかもしれないな…
これからは、考えを改める」

「それ…どういう意味?」


嫌な予感がした…


今にも凍り付きそうな冷たい眼をした仁の口から発せられた言葉は、思いもよらぬものだった。


「島津には、この企画から外れてもらう」


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