涙と、残り香を抱きしめて…【完】

「理由?…そう言えば、西課長が専務に話しを聞くって言ってたよな…
星良が移動したから、なかなかゆっくり話す時間が無いとか言ってたが、彼女とは話せたのか?」

「…うん。一応ね。
でも、ハッキリ言ってくれなくて『今は、専務の言う通りにした方がいい』としか…」

「なんだそれ?
あんなに意気込んで店を出てった割にはトーンダウンしてるじゃないか」


あの西課長が、水沢専務に上手く丸め込まれたって事か?
信じられねぇな…


「明日香さんとは、またゆっくり話すつもり
それで、理由…なんだけど…」

「んっ?」


どことなく落ち着きのない星良


「あのね…」


そう言ったきり何も喋らず、開けたばかりの缶ビールを一気に飲み干すと、大きなため息を付く。


「星良?」

「…ずっと、言わなきゃ…って、思ってた…」


そして、また沈黙。


「なんだよ?言いたい事があるならハッキリ言えって」


少しイラつきながらそう言うと、コクリと頷いた星良が話し出した。


「私が付き合ってた彼の事…」

「彼って…あの不倫相手の事か?」

「そう。成宮さんには、ちゃんと話しといた方がいいと思って…」


一瞬、心臓がドキリと大きく音をたてた。


なんで今更…
そんな思いと同時に、俺の中で最悪な思いが脳裏を過った。


この一連の話しの流れから察すると、星良の不倫相手は…
まさか…


「言ってみろ」


今、眼の前に居る愛しい女が口にしようとしてる男の名前を想像し、鳥肌が立つ。


「私が8年間、付き合ってきたのは…」


彼女の唇の動きを瞬も忘れ凝視する。
微かな願いを込めて…


だが、俺の期待は見事に裏切られたんだ…
それは俺にとって、残酷な告白


「水沢…仁…。専務なの」

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