涙と、残り香を抱きしめて…【完】

名駅から地下鉄に乗り3つ目の駅、栄(さかえ)で降りる。


そこから徒歩でパブに向かい到着したのは、4時半。
OPENの文字はどこにも見当たらなかったけど、試しにお店の扉を押してみた。


「あ…開いた」


すると、カウンターの中に居た男性が顔を上げ
「すみません。まだ準備中で…」と言って、眼を見開く。


「あれ?もしかして、成宮の彼女さんじゃあ…」

「はい。お久しぶりです。
あの、準備中でしたら、出直してきた方がいいですよね?」


遠慮気味にそう尋ねると、マスターは「いいよ。いいよ」と私を手招きする。


「すみません。成宮さんと待ち合わせしてるんです。
少し早く着いちゃって…」

「かまわないよ。もう直ぐ開店だし。
デートならボックスの方がいいかな?
好きな席にどうぞ」


相変わらず優しい笑顔のマスター


私は一番奥のボックス席に座り、一息つく。


「何か飲む?」

「あ、じゃあ、前に来た時に勧められたカクテルを…
"Dear tear"でしたっけ?」

「OK!!」


"愛しい涙…"
ほろ苦い涙の味がしたカクテル。


鮮やかなブルーのカクテルを片手に、マスターと雑談で盛り上がっていると、そろそろ開店時間が迫ってきた。


マスターが店内の照明を落とすと、黒人ジャズシンガーの歌声が流れだす。


15分もすると、男性3人のグループがやって来てカウンター席に座り、マスターと談笑を始める。


私はと言うと、ボックス席で一人、静かにグラスを傾けていた。


すると、扉が開き、新たな客が私の隣のボックス席に座った。


籐の仕切りで姿は確認出来なかったが、どうやら男女のカップルの様だ。


特に気にする事もなくカクテルを飲み干すと、隣の男性がマスターにお酒を注文する声が聞こえ、私はハッとして顔を上げた。


「マスター、"Dear tear"2つ」


この声は…まさか…


< 180 / 354 >

この作品をシェア

pagetop