涙と、残り香を抱きしめて…【完】
それだけ言うと、私は堪らず手で顔を覆った。
とうとう、言ってしまった…
もう…ダメ。口から心臓が飛び出しそうだよ…
初めて仁に気持ちを伝えた8年前より何倍もドキドキして、体中から変な汗が噴き出してくる。
なのに仁は、何も言ってくれない。
驚いて言葉も出ないんだろうか?
決死の覚悟で告白したのに…なんか言ってよ。仁…
堪らず顔を覆っていた手をずらし指の間から仁の顔を覗き見ると…
頬杖をついた仁が、ニヤニヤしながらこっちを見ていた。
な、なんなの?そのふざけた顔は?
呆気に取られ呆然と立ち竦む私に、仁が発した言葉は…
「それ、タチの悪いドッキリか?」
「はぁ?ドッキリ?」
「なんだ。違うのか?」
「ち、違う…」
仁…なに的外れな事言ってるの?
「あぁ、そうか…分かった!!アレだ。
島津、お前、マリッジブルーってやつだろ?」
「へっ?」
「結婚式が近づいてくると、なんとなくブルーになるって言うもんな。
でもな、今更そんな笑えない冗談を言って皆を困らせるんじゃないぞ」
「冗談だなんて…私、そんなつもりじゃ…」
私が仁の言った事を否定した瞬間、彼の表情が一変した。
「島津、そんな事をスタッフ達が聞いたらどうする?
ちょっとしたパニックになるぞ。
もっと自分の立場を考えてモノを言え」
「仁…」
「とにかく、俺は忙しんだ…
島津の鬱に付き合ってる暇はない。面倒な事に巻き込まないでくれ」
面倒な…事?
私が仁の事を好きだって事が、面倒な事なの?
どうしてそんな言い方するの?
私の事なんて、もう好きじゃないから?
マダム凛子以外の女には興味がないから?
私だって抱きしめられたい。
その腕に包まれ…強く…強く…
私は心の中でそう叫びながら仁を見つめたが、彼は再びファイルに視線を落とし黙り込んでしまった。
「はぁー…っ…」
やっぱり、遅かったんだね…
ため息を付き、下を向いた私の頭に浮かんだのは"絶望"という二文字。
「…島津さん」
突然後ろから名前を呼ばれ体が跳ねる。
この声は…
振り向いた私の眼の前に居たのは…
「…凛子…先生…」