涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「…それは…御苦労さま」
さすがに可哀想で本音は言えない。
すると、新井君の声を聞き付けたのかマダム凛子がやって来て、零れる様な笑顔を見せ新井君の頭をクシャクシャと撫で回す。
「よく探してくれたわね。有難う。
それ、2階の私の部屋に運んでくれる?」
「は、はいっ!!了解です!!」
マダム凛子に褒められた事がよっぽど嬉しかったんだろう。
一目散に階段を駆け上がって行く新井君。
しかし、新井君の姿が見えなくなるとマダム凛子の表情は険しくなり、数人のスタッフと小声で話し出した。
「何時までなら待てる?」
「そうですね…招待客の関係もありますから…後2時間ってとこでしょうか…」
「そう…2時間…」
「もし、今日ショーが出来なかったらスケジュールの都合上、延期は不可能です。
ショーは中止って事になりますね…」
えっ…?中止?そんな…
ホールは静まり返り、聞こえるのは激しい雨音だけ…
刻々と過ぎていく時間に、どうする事も出来ず気持ちばかりが焦る。
ここに居る誰もが祈る様に外を見つめていた。
そして、とうとうタイムリミットの2時間が過ぎ、沈んだ表情のスタッフがマダム凛子に近づいて行く。
「…凛子先生…これ以上は…」
すると…
何かを決意した様に顔を上げたマダム凛子が大声を張り上げた。
「ショーは予定通り開催します。
皆、用意を始めて!!」
えっ…?
信じられなかった。
おそらく全員が、ショーは中止になると覚悟していたはず。
慌てたのはスタッフだ。けど、マダム凛子は涼しい顔をして余裕の表情。
本当に大丈夫なんだろうか…
実際、まだ雨は降り続いているのに…
でも、逆らう訳にはいかない。
私は半信半疑のまま花嫁控室に向かった。