涙と、残り香を抱きしめて…【完】

いよいよ、この日が来た。


ショー本番だ。


しかし、昨日から降り出した雨はまだ止む気配はない。


「雨…止みそうにないねぇ…」


明日香さんが車のワイパーの速度を一段上げ、小声で呟く。


今日も明日香さんがマンションまで迎えに来てくれて、私達は社用車で式場に向かっていた。


式場に到着すると、強い風と横殴りの雨に傘を飛ばされそうになり、慌ててホールに駆け出す。


ホールではスタッフの人達が集まり、心配そうに外の様子をうかがってはため息を漏らしていた。


このまま雨が止まなかったら、ショーはどうなるんだろう?
延期なんて出来るんだろうか?


そんな事を考えていると、昨日、私を散々バカにしていたあのモデルが近づいて来て、嫌味混じりに言う。


「あらあら、私達は午前中から来てるのに、午後から余裕のお出ましですか?
さすがトップモデルは違うわねぇ~」


昨日までの私なら、シュンとして下を向いていたかもしれない。
でも、今の私は昨日までの私じゃない。


「そうですか。それは御苦労さまです。
でも私は、凛子先生に午後から来る様に言われてましたから…
何か問題ありますか?」

「ぐっ…」


あんなにオドオドしてた私がそんな事を言うとは思っていなかったんだろう。
一瞬、驚いた顔をしたモデル。


でも、すぐに真顔に戻り「そんな偉そうな口を利くくらいだから、今日の本番はよっぽど自信があるのね。楽しみにしてるわ」と言って去っていった。


「星良ちゃん、ナイス!!」


明日香さんが隣で親指を立てニヤリと笑ってる。


その時、大きな白い箱を抱えてホールに飛び込んで来た人が居た。


「えっ?新井君?」

「あぁ~…。島津課長に西課長!!」

「そんなに慌ててどうしたの?」

「これ!!これですよー!!マダム凛子先生に頼まれた花をやっと手に入れたんですよー!!」


そう言って、誇らしげに白い箱を指差す。


あ…そうだった…。新井君には悪いけど、すっかり忘れてた…




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