涙と、残り香を抱きしめて…【完】

「遠い所、すまなかったね」


ここは、株式会社 ピンク・マーベルの社長室


「いえ」


社長直々にご挨拶とは、俺も偉くなったもんだ。


今年になって建てられたという新社屋は
まだ新築独特の匂いがする。


一通り部屋を眺め終わった俺に
専務の水沢 仁(みずさわ じん)と名乗った男が話し掛けてくる。


「で、成宮さんのポストですが…
デザイン企画部の部長補佐ということで…」

「補佐?部長待遇って聞いてますけど?」

「もちろん、給料等々は、部長待遇で…
しかし、いきなり現れた人間を部長にしても
部下が戸惑うだけです。

暫くして、慣れた頃に昇進してもらいます」

「あ、そう…」


まぁ、仕方ないか…


「勤務は明日からですが
社内を案内させましょうか?」

「…是非」


淡々と話す専務にイラッとする。
いや…話し方が気に食わないんじゃない。


長身に均整のとれた体
男の俺が見ても、惚れ惚れするほどいい男だ。


それに、奴が身につけてるスーツ…
あれは間違いなくあの人のデザイン


着こなしが難しく
モデル以外で、こんなにスマートに嫌味なく着てる奴を見たのは2人目だ。
もう1人は、もちろん俺自身


それが俺のライバル心に火を点けた。
コイツにだけは、負けたくない…


暫くすると、内線で呼び出された若い男性社員が
オドオドしながら社長室へ入って来て
俺に深々と頭を下げる。


「彼はデザイン企画部の者です。
彼に案内させますまで…」

「了解」


気だるい足取りで社長室を出ると
若い男性社員は嬉しそうに俺の顔を覗き込む。


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