涙と、残り香を抱きしめて…【完】

気持ちが落ち着き
少し怒りが収まると
私はトイレの個室を出て
洗面所の前の鏡を見つめた。


今の私、凄く嫌な顔してる…
こんなんじゃ、仁が話し掛けたくないと思うのは当然かもね。


動揺して、全然余裕が無かった。
モデル一人上手に使いこなせなくてどうするのよ。


自分に渇を入れ
トイレから出ようとすると
廊下から男女の話し声が聞こえてきた。


この声は…


「…ねぇ、どうする?」

「そんなの決まってるだろ?
俺の答えは変わらない…」

「じゃあ、キス…して?」


キス?…ですって?


それは、辺りを気にして小声で話す
仁と理子ちゃんだった。


私の頭の中は混乱して
何がなんだか分からない。


すると仁は、理子ちゃんの腕を強く引っ張り抱きしめると
彼女に荒々しいキスをした。


それは気持ちを抑え切れないって感じの
強引なキスだった…


仁の腕が強く理子ちゃんを包み
また彼女も、仁の背中を引き寄せる様に抱きしめてる。


荒い息遣いと、2人の唇が重なるリップ音がここまで聞こえてきて
私は思わず耳を塞ぎ
その場に座り込んでしまった。


やめて…


どうしてなの?仁…
どうして…


今までもそうだったの?
私の知らない所で、モデルの娘達とそうやって遊んできたの?


そして、私もその中の一人…?


"愛してる"と言ってくれないのも
奥さんと離婚してくれないのも
本気じゃなかったから?


熱を上げてたのは私だけ
仁にとっては、ただの遊びの女でしかなかったんだ。


8年も騙されてた自分が滑稽で情けない。


全て嘘で塗り固められた偽りの8年間だったんだ…



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