天使に逢えた日

上司もだてに長いこと窓際に座ってるわけではなさそうで人を見る目もしっかりと養われているらしい。
阿達くんはウチに来てから二年間、予想以上に上手く私をサポートしてくれている。目論見は成功だ。


彼が今までに人間関係で苦労をした経験があるのかどうかはわからないけれど、他人を「立てる」事と「気遣う」事をとてもよく心得ている。女だからと見下す言動は微塵もないし素振りもない。それは目下の者に対しても同じだった。「俺、誰がを見下せるほど偉い人間ちゃいますし」と一瞬自嘲の笑みを浮かべて「ま、何事も穏やかなのが一番でしょ」ラブ&ピースや、と今度は屈託なく笑った。そんな彼をみて思った。先輩後輩の関係によほど厳しい学生時代を送ったのかもしれない、と。残業の時に何気ない会話の中でちらっと訊いてみたら中学では野球部、高校ではテニス部だったといっていた。かなりの強豪だったようで、練習も規律もとても厳しかったらしい。テニスに関しては中学から始めた他の部員との差を埋めたくて一般のテニスクラブでレッスンを受けていたというから体力も根性も相当鍛えられたのだろう。それがあっての今か、と納得をした。


彼のおかげで仕事はとてもスムーズだった。これまでのように相手の態度にキレることも無くなった。拡大した通販事業も順調でそれに伴うweb限定商品の企画やキャンペーンも好評だ。この現状に感謝こそすれ文句はなかった。阿達くんのおかげよね・・・とふと彼の席を見たら、目が合ってしまった。うわ、と焦ったのは私だけで、彼は動じる様子もなくとびきりの笑顔で応えながら片目を瞑った。


ほら、またそういうことをする!と私は小さくため息をついた。
阿達くんが出向して来て二年が経ち、職場の状況に慣れてきたせいなのか、彼の元々の性分なのかは分からないが必要以上に構われている気がしてならないのだ。仕事で構われるのは何も問題ないのだけどそれ以外は正直困る。


なんせ会社というところは、大勢の人がいるわけで。特にウチは扱っているものが扱っているものだけに女性社員が半数以上だ。彼女達は仕事だけでなくカッコいい同僚クンの発掘にも余念がない。そんなところに出向者としてやってきた阿達くんは当然ながら目敏い彼女らのサーチに引っかかった。難関校と呼ばれる私大出身で語学は堪能、スポーツも万能。中でもテニスとスキーの腕前は大学時代にコーチやインストラクターのバイトができるほどだったという非の打ちどころなんて探そうにも探せない上にイケメンで背も高くて人当りもいいとくれば誰だって放っておかない。


そんな彼をアシスタントとして仕事をしている私はやっかみと妬みの冷たい視線の的となっている。
おまけに「俺はフェミニストなんや」とか何とか言ってどこででもアレコレ構ってくれるし、偶然にも彼の高校時代の部活の後輩が私の従弟だと知ると親近感が増したのか私を「水城さん」ではなく「香夏子サン」と呼ぶようになったことも手伝って、回りから余計な詮索をされ、色々と誤解を招いているらしい。
おかげで「お騒がせ水城」なんて仇名まで付いているとかいないとか・・・
そんなものにひるむほど脆くはないけれど面倒くさいったらない。勘弁してよね、ただの仕事仲間だって言うの!



とは言っても・・・
仕事中に隣に座る彼が「香夏子サン?ちょっといい?」とキャスター付きの椅子ごと動いた勢い余って、肩先や腕が触れ合ってしまうのも、話をするときに必要以上に顔を近づけるのも、おそらく彼は無意識だろうけれど、こっちはなんとなく落ち着かない気持ちになる。それを察してなのか否か「なに?」と視線で問う蠱惑的な表情が何とも意味ありげで、ひょっとして私に・・・?なんてつい思い上がってしまいそうになるところは私もまだまだ修行が足りない。



でも私だってオンナの端くれ。
いくら同僚でアシスタントだとはいえ隣にいる素敵な男性を意識しないではいられない。



そう。気になっている男性とは、彼・・・阿達裕二くんのことなのだ。



もうすぐバレンタイン。日頃の感謝の気持ちという事にして何か贈ってみるのもいいかもしれない。
洋服も持ち物もセンスの良い彼に贈り物をするのはなかなか難しいけれどだからこそ考え甲斐もあるというもの。
革製品?洒落たステーショナリーグッズ?それともネクタイかセーターか。ううん、ウイットに富んだ彼だから面白グッズがいいかも!



なんて考えているだけでとても楽しい。バレンタインが楽しいと思えるなんて何年ぶりだろう。



          阿達 裕二 クン・・・



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