ノータイトルストーリー

Case:基_phase02




やっと、退屈な授業を耐え抜き、




解放されると僕は真っ先に山下を誘って校門を飛び出した。




「朝の家に言って『彼』と遊ぼうぜ!」





「『彼』って、お前アレは犬だぜ?




しかもオスかメスかも分からないんだろ??




それを何で『彼』なんだよ?」




「ん?直感っ!」





「あははっ、お前ってスゴいよ!スゴいけどかなりのアホだ!」







「うん、知ってる!けど僕の直感をナメたらいかんよ」




「じゃあ賭けるか?」





「よかよっ!」





「出たっ!エセ九州弁!」





「じゃあ、メスだったら、ジュース1本なっ?」





実は自信など全くなく、ただ単に直感で『彼』と思ったのだ。





しかし、僕は負けじと、





「ああそうかい?じゃあごちそうさまっ」





と返す、根拠は…ないっ!





そして正しくは『博多弁』だと





喉元まで出掛かったがどうでも良くなった。





校門から勢い良く飛び出した





2人の悪ガキは走りながらこんな事を喋っていた。





途中、抜きつ抜かれつお互いムキになって走った。





そうこうしている内に今朝のあの生け垣が見えてきた。





「ハッハッ」と息をきらしながら、辿り着いた。





ハァハァと息を整えて、今朝のようにこっそりと





生け垣の向こう側へ忍び込んだ。





「『彼』は今朝から全く動いていないのでは?」





と疑うくらいの位置に横たわっていた。





ちょうど、縁側の中央から少し左の方だ。





山下と僕は顔を見合わせた、





オスかメス以前に犬かどうか?





すら怪しいと思えた。





あまりにも動かないので





ぬいぐるみか何かなのかとすら思えた。





正にその時である。





「ガラッ」と玄関の戸が開く音が





聞こえたので山下と僕は逃げようとした。





正確には二、三歩踏み出していた。





背中の方から




「ちょっと待って!別に怒ったりしないからさ」




とお婆さんの嗄れたしかし優しい声に呼び止められた。




「今朝も、うちの庭でしゃがみ込んでた子だね」




と言うとニコリと微笑んだ。




こっそりと入ったつもりだったのでドキッとし、驚いた。




そして、僕の将来の職業の欄から『泥棒』が消えた…





プロの『泥棒』なら犯行現場に二度も足を運び、





あまつさえ二回とも目撃、いや観察までされるヘマはやらかさない。





「まぁそんなとこにいないで中にお入りよ?」





と言われるがまま家の中へ招き入れられた。





僕は大人が嫌いだ。




ましてや、国から『年金』という報酬まで





もらっているということは、『大人のプロ』である、





『老人』は失礼だが、あの頃は、無知故にもっと嫌いだった。





また、その頃の僕は何故だか『プロ』という言葉に





なんだか魅力なのか、大人に負けたくないが




故に理論武装の為の『弾』。




平たく言えば、そんな単語を使うことで、




『大人』を困らせたり、論破したり、





変な意味で撃ち殺せると思い込み、





信じて多様していた気がする…





年を重ねる毎に狡猾になり、人を疑う…






やな思いもさせられた事もある。





だから、僕にとって、全ての『老人』は






そんな生き物だと思っていた。






騙されまいと警戒しながら、





家の中を進み居間に通された。





一方の山下はというと、




全くもってそんな気配はしていない。





そう言えば小さい頃『おばあちゃん子』だったと





言っていたような気がする。





少し羨ましいなと思うと胸がズキっと痛んだ。






座布団が用意され、そこに座るように






命ぜられるがままに、僕はそこへ正座した。






まるで蝋人形のように緊張しながら…





「そんなに硬くならずに楽にしていいわよ?





ちょっと待ってなさい」





と奥の台所へお婆さんは姿を消した。





「ふぅ~」っと息をし忘れていたのでは




ないかと言うくらい、止めて息を肺の中から吐き出した。





山下はというと、アグラをかいてユラユラと





体を揺らして、チラッと僕を見てニヤリとし小声で、





「お前にも苦手なものあんのな?」





「苦手とかそーゆー訳じゃないけど…」





状況を考えれば、どちらかと言うと





僕の方が正しいと思う。





「優しそうな、ばぁちゃんじゃんか?





俺らを捕って食ったりしないぜ?」





そりゃそうだろう、ここは日本だし、




おとぎ話に迷い込んだのならまだしも、





今日びアフリカとか外国にだって、探したって





そんなカニバルをする部族はそうはいない。





「お待たせ」とお婆さんが戻ってきた。





桃の缶詰めとともに…





今でこそ、対したものではないだろうが





当時はそう滅多に口に出来るものではなかった。





それこそ、ヒドい風邪を引いた時に





くらいしか口にしたことがなかった。





そんな桃の缶詰めに





まさか、不法侵入さながらの事をした家で





お目にかかられるとは、ノストラダムスでも





予言不可能だっただろう。





2人して身を乗り出していた。





そんな2人を横目で見ながらお婆さんは、





キコキコと慣れた手つきで缶詰めを開けていく。





辺りに甘い良い香りが漂う。





もう、その時には、騙されても良い…





桃を食べた後に頭から丸呑みにされても





構わないと腹を決めていた。





透明のガラスの器にお婆さんは





桃を取り分けると、中の甘いシロップの





蜜をそこへ注いだ。





「さぁお食べ?」と微笑み差し出してくれた。





2人は、それを受け取り





お互いの器をチラッと見た。





多分、同じ事を考えていたのだと





思うと笑えてくる。





「あっちの方が多いんじゃないか?」





ってな感じだろう。





フォークで桃を切り口へ運ぶと





すでにそれを知っていたかのように、唾液が滴る。





受入体勢は万全だ(笑)




口の中一杯に甘い甘い桃の味と





汁が溢れた頃にはすっかりと





警戒心は吹き飛んでいた…





子供は簡単な生き物だ。





いくら頭の中ばかり、働かせてもかなわないモノがある。





お菓子、おもちゃ…などなど、弱点だらけだ。





シロップの蜜まで飲み終わるまでに





お婆さんと色々な話をした。





『彼』の名前が『ハチ』であること。





また、かの有名な忠犬ハチ公から取って名付けられたこと。





それを聞いて、山下は正反対だと笑っていた。





五年前にお爺さんが亡くなったこと。





頭の良いお孫さんはいるが月に一度




お小遣いをもらいにくる以外ココには訪れないこと…





だから、悪戯坊主の二人組を見たら、





とても可愛くて、また嬉しかったのだとか。





亡くなったお爺さんは、良く縁側で『彼』と





お婆さんと三人でゆっくり空を眺めるのが





大好きだったということ。





その時ですら、





お婆さんの話がどこから本当で、





どこから作り話なのかを考えて





しまっていた事を思い出すと





未だに、自分自身がとても恥ずかしく感じる事がある。





「あれが忠犬て(笑)」なんて、山下は笑っていた。





お婆さんも「あはは、確かにね(笑)」なんて言っていた。




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