ノータイトルストーリー





でも、僕は『彼』があそこに寝そべって動かないのは…






と考えると『彼』の事を大好きになってしまった。





例え、それが思い込みや勘違いであったとしてもだ。





お婆さんの話の真偽のほどは定かではなかったが、





取り敢えず、僕は遠慮がちにお爺さんのいた





縁側に座ってみたいと言うと、





お婆さんはニッコリ笑って、





少し嬉しそうに「どうぞ」と言って案内してくれた。





昔ながらの木造の廊下をペタペタと





裸足で進み、木枠で出来た雨戸を





ガラガラと開けて、そこに座ると




『彼』は耳をピンッとし、短い僕の足に鼻をスリ寄せた。





そこに座って、右足に『彼』のゴワゴワ、





ボサボサとした毛と湿った鼻、





そして『彼』の温もりを感じながら、





ふと見上げると、真っ青な空を





飛行機雲が切り裂いていた。





ぼぅっと空を眺めていて、





幸せってこういうものなのかも






知れないと幼心に感じたのを






今でも忘れてはいない。





そんな僕を相変わらず





山下は不思議そうに見つめ、





「お前って、変わり者だな?





あと、お年寄り染みてるのな(笑)」





とニヤニヤしながら、嬉しそうにからかった。




「余計なお世話だ(笑)」




と発しかけたが、山下は照れ屋なんだと、





その時初めて理解し、僕はニヤリとはにかんだ。





帰り際にお婆さんは、





「また、遊びにおいで。





その時は、玄関から入ってくるんだよ」





と悪戯そうな笑顔で言った。





なんだか、僕と山下は互いに





見合わせると、顔がポッと紅く見えたのは、





きっと夕陽のせいではなかったと思う。





お婆さんと『彼』の住む家を後にし、





山下と2人して石を蹴りながら





登校時と同じく下らない話をしながら、





家の方向に歩いていった。




しばらくすると、T字路に差し掛かり、





山下に「また明日な」と言うと





「おぅまた明日な」と返して来た。





僕は右に山下は左へ





それぞれの家に歩みを進めていた。





その頃には、夕陽が辺りを





オレンジ色に染めあげていた。





空を見上げるときっと明日も





晴れそうな気がした。





何故だか、今日は夕方になっても





嫌な気がしないし、不安にもならなかった。





僕の心は憂鬱からもほど遠いところにいた。





その後、また『彼』の事を考えていた。





そう言えば、オスかメスか肝心な事を





聞いていなかったのに気が付いた。





この際、僕の中で『彼』が『彼』であることに





変わりはなくて、山下も気にもしていなかった。





家の近くまで来ると夕ご飯の良い匂いがした。





「ただいま」と言うと、





母と兄と小さな妹が「おかえり」





と迎え入れてくれた気がする。





晩ご飯の後、兄と一緒にこっそりと部屋で





ゲームをして、夜遅くに帰ってきた父に




もれなく叱られ、2人してもれなく




ゲンコツ一発ずつ頂戴し、布団に潜り込んだ。





今日、1日色々な事があって





興奮してなかなか寝付けずにいると、





「寝れんとか?」と言って眠たそうな兄が





絵本を読んでくれた。





絵本の中身は全然、覚えていなかったが、





声変わりが済んだ兄の声は何故だか、





心地良くすぐに眠りについた。





今、思い返せばタイトルは確か




『エルマーとりゅう』という本だったと思う。





その晩の夢の中で僕は『りゅう』の子供を助けに行った…



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