ノータイトルストーリー

Case:吉岡_phase02






女房が息子を連れて家を出る、





少し前の事だったろうか、





夜遅くに帰って玄関を開いた私に





パタパタと息子が駆け寄ってきて、





眼をキラキラとさせながらこう言ったのだ。





「お父さんっ!お父さんっ!!本当に大切なものはね、





目に見えないんだって!お父さん知ってる?





お本の中の王子様がね、そう言ってたんだよ!





お父さんは『本当に大切モノ』って何か知ってる?」





「僕、お母さんに読んでもらったんだけど、





分からなくて一生懸命考えたんだけど





分からなくて…お母さんに聞いたんだけど、





分からないって…だから、お父さんなら





知ってるんじゃないかって思ったんだ!」





「だって、お父さん何でも知ってるんだもん」





と屈託の無いの澄んだ瞳でそう聞かれたのに対して、





私は真っ直ぐに眼を合わせる事も出来ずに、こう言ったのだ。






「ははは、そうかぁ。じゃあ、しっかりと勉強して





良い学校に通って、良い会社に入れるように頑張るんだぞ?」






私は、息子にそんな言葉しかかけてやれなかった。





今でも覚えている。私自身正確には悔やんでいるのだろう。





「うん!分かった!僕、お父さんみたいに





なれるように頑張るね!」





まだ小さな息子は、そう言ったのだ…






いや…むしろそう言わせてしまったと





言うべきであろう…





その時は感じなかったが、





近頃は自戒の念で体が膨れ破裂しそうになる。






私は『ヘビ』であるのに、






それを必死に押さえ込み脱皮を拒み続けている…





あれ以来、息子とも元妻とも一度も会ってはいない。






どこで何をしているのだろうか…






出来る事ならば、許される事ならば、






逢いたい。話がしたい。






しかし、新しい『家族』を築いているかも知れないし、





拒まれるであろう…






そんな事を考えた『ヘビ』は脱皮を拒『む』のだ…






正確には『まね』ばならないのだ。






それは筆舌に尽くし難い程の苦しみ、





孤独…を生み出している。






しかしながら、これらは私の犯した罪への





罰であり、私は『報い』なければならないのだ。





どんな事があうとも…








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