ノータイトルストーリー
第4章『淀んだ流れ』
今日は職場の同期の男の子と『本当に大切なもの』について、話をしていてつい帰りが遅くなった。

サンテグ・ジュペリ著の『星の王子様』に出てくるものだ。

「『本当に大切なものは目に見えない』というけどなんなのかな?恵美さんはどう思う?」

「う~ん、難しいなぁ(笑)目には見えないけど感じる事とかなんじゃないかなかぁ?」

「ほら、ブルース・リーも言ってるじゃない?」

「『Don't_think_feel』ってね?」

「あはははっ確かにそうなのかもですね。でも、全っ然、似てないですよ(笑)」

「うるさいわね」

「昔、父親にそんな問いかけをしたことがあったんだけど、『勉強して良い大学を出て立派な会社に入りなさい』なんて言われて…その時は必死に勉強したりもしたけど、今じゃこんなさもない中小企業の雇われだもんなぁ」

「それは感じどころを誤ったわね」

「確かに…でもあの時はそう感じたんですよ…」

「そっかぁ…ごめんね」

「えっなんで、恵美さんが謝るの?止めてよぉ」

「デリカシーに欠けとったからさ…」

「恵美さん…もともとそんなのあったですか?」

「あははは、確かに…って、ぶっ飛ばすわよ?」

「でも、恵美さんの言うとおりかもしれない、考えて分かるより、大切だって思う気持ちがそれなのかも、人それぞれ違うだろうし、もうすでに手にしてるけど、気付いていないだけなのかも。もしくは無くした時に初めて気付くのかも知れないですね…」

「う~ん、あのさぁ…?」

「さっきから気になっとたんだけど、同い年なんだから敬語みたいな口調は止めてくれない?」

「癖なんですかね~。どうしても、こんなんなっちゃうんですよ…」

実は、彼に両親はいない。

前に話を聞いたところ、離婚し母親に引き取られたが、結局、女手一つでは育てきれず、祖母と祖父の家に預けられていたらしい。

そのためかどうか分からないが、とても礼儀正しい反面なかなか取っつきにくいところがあり、同期の中でも少し浮いている。

「それにさもない中小企業って、さっき言ったじゃない?」

「はい。言いましたけど?」

「一応、私もその『中小企業』の雇われなんですけど!?」

やりたい事があって入ったのに少し腹が立ち、突き刺さる。

今、一度言っておくが私は、ディズニー好きな可憐な乙女です。

「あぁあ、すっすみません!そんなつもりじゃなくて…」

「本当に大切なものは目には見えないけど…」と言い、彼の胸を「ドンっ」と拳で叩いた。

「それぞれのこの中にあって、それが『本当』とか『嘘』とか頭に言葉が付くからややこしくなるだけで、大切だと思うものを信じればいいのよ」と言う。

なんだか、同期なのに偉そうに…(笑)

そしてこう続けた。

「何がしたいのか?何が欲しいのか?何を望むのか?嫌みじゃなくて、あなたが頭が良いのは分かってるけど…たまにはそれに従ってみたらいいんじゃない?」

「って話がかなりズレちゃったね、ごめん」

「いや、なんだかわからないけど、そんな気がしました。」

「だ~か~ら~」

「あっ、そうだったね」

「たまには…」と言いながら、人差し指で頭をつつきながら「ココじゃなくて」と胸を「トンっ」と軽やかに叩き「ここに従ってみるよ」

「そうそう」と言いながらも私自身、彼を見ながら自分にもそう言い聞かせているような気がした。


僕と山下は『彼』がいなくなったのを知ってから度々お婆さんの家にも遊びに行ったりした。

幽霊部員と化していたが無性に何かに打ち込みたくなった。

山下と放課後になると2人して、自転車に跨り色々なところへ行き。

カメラを構え、シャッターを切りまくった!

『公園で鬼ごっこをしながら走り回る子ども達』

『ブロック塀の上でのんびりと座り込み「ふぁぁ」っと欠伸をする猫』

『何かを確かめるかのように必死に母親の指を握る赤ちゃん』

『「はぁっはぁっ」と舌を出しながら、フリスビーを必死に追い掛ける犬』

『陽向ぼっこをしながらのんびりと道行く人々を眺める老人』

『そしてその前をスーツに身を包み、鞄を片手に汗をかきながら必死に走るサラリーマン』

『コンクリートを突き破り芽吹き、咲き誇る草花』

街の中にもかかわらずこんなにも沢山の『生』が溢れている。

それを僕らはフィルムに焼き付けた。

『彼』に対する『尊敬の念』と自らの『後悔の念』を込めて、僕と山下のカメラは「カシャリ」とそれらを焼き付けた。

そして、2人して撮った写真をお婆さんと一緒に見て、情景や心情を話したりした。

毎日があっという間に過ぎていく。

恐くなる位、信じられない早く感じられた。

時間には限りがあってそれには抗えないのを僕も山下も実感していたからである。

そんな毎日の中でふと気が付けば、『受験』という言葉がチラつき始める。

しかし、2人にとっては『撮る』に足らない事だった。

その日も2人して街中を自転車でクタクタになるまで走り回り、指がシャッター音を奏で続けた。

充実した日々。満たされていた。

しかし、この夕焼け空を最後に…世界は変わってしまったのだ。

家に帰ると母親が一人台所の隅にうずくまり泣いていた。

理由を聞いても答えてはくれない。

只々、ひたすらに声を押し殺して泣いていたのだ。

頭のどこかで何となく原因には、察しが付いていた。

只、今までそれを見て見ぬ振りをしていたのか、信じたくなかったのか、目を背けてきたのだと気が付いた。

そんな事を刹那に考えていると同時に、僕の足は家の床板が抜けるのではないかというくらいの力で、体を弾き出し、廊下を駆け抜け、階段を上がり、疑惑・疑念の扉を意を決して、叩き開けた。

もしかするとその扉は、大好きな『彼』の入っている小さな白い箱の蓋だったのかも知れない。

無知や知らないことは幸せだと、僕はそんな考えを持っていた。

それは、只単に拒絶であったり、見て見ぬ振りだったり、受け入れたくない口実という捉え方も出来なくはないのだが…

しかし、この時ばかりは、『彼』の入っている箱の蓋であっても、もしくは例え、それが『シュレディンガーの猫』の結果であっても確かめねばならなかった…


ビールの酔いも良い具合に醒め、風呂に入ることにした。

脱衣所でシャツとパンツを脱ぎながら、「酔いだけに良い醒めだ」などと下らない親父ギャグにも満たない言葉遊びをしながら…

私は、少し熱めの湯に浸かるのが好きだ。

なので、あまり長湯はしない。

湯船に入る瞬間、ピリピリと足の先が刺激される。

少し我慢し、一気に少し弛んだ身体を滑り込ませ、顔をジャブジャブとする。

そのまま、手で顔を覆って、「ふぅぅ…」と一息つく。

天井を見上げると水滴が落ちそうで落ちない。私の意識と同じように…

大体、決まって4~5分程度で湯船は「ザバァ」っと音を上げる。

私は立ち上がり湯船を出て、身体を隅々まで洗い流し風呂場を後にする。

全身を拭き、少し湿った頭のまま、布団へと潜り込み、リビングで談笑を続けている二人に「おぉい。先に休むぞぉ」と少し声を張る。

遠くから二人の声が「おやすみぃ」と聞こえる。

薄情なもんだと思いながらも、しばらく天井を眺め、次に瞼の裏の星空を眺めていた。

ふと、「佐々木は上手くやっているのかなぁ…」などと頭をよぎったが、ここで意識は途切れ、ようやっと、長い一日が終わった。

朝が来る。いつもとなんら変わりのない朝が。

いつものように個性の欠片もないスーツに袖を通し、パンをくわえて、車に乗り込む。

シートベルトを掛けて、キーを回すと相変わらずの音を立て、エンジンが唸りをあげた。

「さて、行くか」とシフトをDに傾けると「コンコン」と窓が音を立てた。

「あなた、ケータイ忘れてるわよ」妻である。

「悪いな、サンキュー」

「じゃ行ってらっしゃい」

「あぁ行ってくる」

車を走らせながら、「佐々木をどうからかってやろうか?」などと考えてみたりしているうちに まもなく、会社へと到着した。

今日は、メールは来なかったからお使いはないようだ。


主人を見送った後、前にも話したが、私は育て方を間違えたのだろうかと思い悩んだ…

晴彦は高校生になると乱暴になり、度々、主人と争うようになった。

もうそうなると、私にはどうすることも出来なくなってしまった。

決まって基が駆けつけて来て小さいながらも間に割って入り、晴彦を抑え、宥めた。

私は、恵美にそんな所を見せたくなかったので、その度に恵美を連れて一時、別の部屋へ避難した。

別の部屋からは、がなり声が聞こえるがCDをかけ、ごまかした。

あまりに酷い時には近所の住民に通報されることもあった。

本当にどうしていいのか分からなくなってしまう事がある。

成長の過程にはつき物なのだと言い聞かせて、自分自身を騙さないと耐えれなかった。

晴彦が高校を卒業するころ、少し落ち着いてきたかのように思えた。

きっと、彼女か何か出来たのだろうと軽く考えていた。

しばらくすると、晴彦は、案の定、可愛らしい彼女を家に連れてくるようになった。

「あぁ、やっぱりそうか」

彼女は、気も利き、愛想も良くて… 「うんうん。晴彦もやるじゃない」などと思っていた。

何の疑いもなく… 始めのうちは、家族とおしゃべりをしたり、ご飯食べたりとしていたが、 次第に晴彦と二人で部屋に篭るようになっていった。

「まぁ、年頃だし仕方ないか…」と思い、大目に見ることにした。

その選択が間違っていたこと、異変には、そのときは全く気付いていなかった…


新しい土地でまた1からスタートだ…とは言うものの、小学5年生から中学の5年間今まででは、長いほうだ。

まぁ、そんなに長い人生経験ではない中での話ではあるが。

あの出来事があったこともあって、両親は、二十歳を過ぎた兄を家から遠ざけるように 一人暮らしを始めさせた。

きっと、自立し、更正してくれることを願ってのことだろうと、察しはついた。

何故ならば、転勤先の近所に一人暮らしをさせることにしたからだ。

完全に、見離して、絶縁状態にしようと考えたのならば、転勤する前に、家を追い出して、転勤してしまえば良かったからだ。

そして、転勤先の知人に就職先を探し、そして口利きしてもらい、就職までさせたのだ。

正直、そこまで出来る両親を僕は少し誇らしく思った。

しかし、この選択が正しかったのかは別としてだが…
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