ノータイトルストーリー
相変わらず、頭痛で目が覚める。

薬が切れて、体が気だるく、不安や恐怖感で満たされている。

俺の事を誰かが狙っているのではないか?

窓の外に見える車は警察の車で監視しているに違いない。

恐る恐る、外へ出て運転席を確かめる。

誰もいない…きっと罠に違いない。

薬が切れるとこうも弱気になり、被害妄想に苛まれる。

本当は俺という人間は悲しいほど、弱く脆い…

虚勢を張り、なりふり構わず暴力を不意打ちで繰り出し、相手を打ちのめす。

もう自分自身が『僕』なのか『俺』なのかすら分からない…

もう壊れてしまっている…

後戻りできないとこまで来てしまっている…

分かっている…でも、本当は孤独が恐ろしい。

誰かに構って貰いたい。誰かに認めて欲しい…

どうしたら、良いのか分からずに、過ちを繰り返す…

頭の中で声がする。

「脅えるから誰かを傷付けてしまうんだよ?」

「うるさい、そんな事分かっている」

「誰かに受け入れて欲しいなら人に優しくしなきゃ駄目なんだよ?」

「分かっている、分かっているんだよ。お前は黙っていろ!」

「俺はしたいようにする。俺のやり方でだ。」

「だから、一人ぼっちになっちゃうんだよ?」

「僕は…一人は寂しいよ、悲しいよ…」

頭の中の声がうるさい、話しかけるな!

「そもそもはお前のせいだろうが?悪いことは全て俺に押し付けて偽善者面をするな!」

「なんで僕のせいなんだよ!?」

「まだ分からないのか?俺もお前も彼も関係無いって事が!?」

「分からないの…そんなの僕には分からないよ!」

「お前は本当に狡い奴だ!汚いことは全部俺に押し付けて、そのくせ俺を責めるのか?」

「お前は俺を作って自分自身を正当化しているだけなんだよ!」

「俺だって…お前さえいなければ、作り上げさえしなければこんなに苦しむこと無かったんだ…」

相変わらずのゴミの城で幻覚と禁断症状に耐えきれず、また薬物にはしる。

奪った金で…

腐ってる…

分かってる…

どうしろと言うのだ?

誰か救ってくれ…

また意識が遠退く…


もうどれ位時間が経ったのだろうか?

彼女の口から真相が語られる事はなかった。

相変わらずの沈黙だけが部屋を包む。

外は車の音や鳥の鳴き声や人の声に溢れているがこの部屋には一切存在しなかった。

二人はまるで言葉の発し方を忘れてしまったのではないかと思うほど、無口だ。

そんな時にだ。

突然、沈黙を打ち破る音が鳴る。

「ぐ~」とお腹が唸りを上げた…

そういえば、昨日から。正確に言えば昨日の昼を最後にたばことガムしか口にしていない。

腹が鳴っても当然だ、彼に否は無い。

すると彼女は口を開いた。

「お腹…空いちゃったね。ごめんね。今、何か作るから待ってね。」と言うと立ち上がり。台所へ向かって歩き始めた。

「おいおい…俺は別の事を待っているんだけど…」と喉元まで出かかったが飲み込んだ。

まぁ、腹は減っているし、従うことにしよう。

台所からはトントンという音が何かを刻んでいる。

そういえば、彼女の手料理を食べるのは初めてだ…

まさか、こんな形になるとは複雑な思いで一杯だ

どんな料理でどんな味でも「うまい」と言おうと前から決めていた。

「何故かって?」

「それは彼女を愛しているからさ!」なんて歯が浮くような理由だ。

だからこそ、彼女に何があったのか知りたいし、どんな事であっても受け入れたいと思っている。

例え、彼女が人殺しであってもそれを受け入れよう。

それなりの覚悟は持っている。

そんな事を考えている、うちに彼女は湯気を引き連れて戻って来た。

「お待たせ、あるもので作ったから美味しいか分からないけど…」

見れば、パスタにスープ、サラダまであるじゃないか。

独り身の俺からすれば、充分ご馳走だった(笑)

少しの間『真相』からは頭を切り離して、二人で楽しく食事をする事に決めた。

「そういえば、昨日会社でさ…」などと愚痴混じりの他愛もない話をしたりしながら。


今朝は目が覚めると頭がガンガンと痛かった。

そりゃそうだ、昨日の晩坂田達とあれだけ飲んだのだから(笑)

どうやって部屋まで戻ったのかも定かではないくらいだ。

本社での会議ということまで忘れて、あの頃のようにしたんではやっぱり体は持たないようだ。

本社まではホテルから歩いて五分程度だった為、それでも普段よりゆっくりとした朝だった。

まずはシャワーを浴び、ヒゲを剃り、歯を磨き、朝食をとる。

昨日買っておいた菓子パンにかぶりつき、缶コーヒーで流し込む。

これから始まる退屈な会議を乗り越えるにはそれなりのエネルギーが必要だ(笑)

また、どんなに退屈であっても本社となるとやはり緊張するものだ。

部屋を出るまでに三回は身だしなみの確認をしてチェックアウトした。

本社に着くとロビーで受付のお姉さんに会議の為来た旨を伝えると会議室に通された。

さすがに本社のお偉いさんを前にすると自然と体が強張り、手がじとっと汗をかいている。

小胆だ…誠にもって小胆だ。

まぁ、フランクに意見を出してくれと言われたが、相手の出方、周りの反応、一挙手一投足が気になって仕方がない。

まさに綱渡り状態だ。

そんな事を考えている自分がなんだか大人びていて嫌気が刺し、うんざりする。

人の顔色を伺いながら、上手く立ち回り、評価されたい訳でもないのにそんな風に振る舞う自分が嫌いだ。

小学生の僕が見たらなんというだろうか…

はたまた、失望し何も言わないかも知れない…

ネバーランドがあるなら迷わず行きたいと言うのが恥ずかしながら本音だ。

「恥ずかしながら」などと言っている時点ですでにアウトだな…

そんなことを考えながら、なんとか退屈な会議をやり過ごす。

社会人としては及第点は貰えないだろう…

でも、そんな事はもはや大した問題では無くなっていた。

昨日の自分と比べると今この瞬間の会議室にポツンと座らされている自分の魂が死んでいるかのように思えた。

今の仕事は好きだ。

向いているかいないかは別として。

何故ならば、僕自身の成長と知識的な満足感があるからだ。

しかし、生き方、考え方が順応しないことでジレンマに陥っているのだろう。

会社という組織いや言うなれば、機械の一部、歯車としてキリキリと働いている事が本当は気に喰わないのかも知れない…

働く事は悪いじゃない、嫌いでもない。

むしろ、労働は好きだ。汗を流し働く事は大切な事だと思う。

でも、こんな気持ちになるのは『歯車』のような感覚がきっと一番の原因なのだろう。

とはいっても、給料を頂いている以上仕方のないことなのだろう…

しか~しだっ!

「人は何の為に生きているのか?」

「何の為に働いているのか?」

「生きる為に働き、それなりに安定した生活を送る事が果たして幸せなのか?」

そんなことを会議の途中だというのに考えて始めた。

今の自分の在り方が正しいのか?

いや、正確には自分という人間、人格が正常なのか?

はたまた、どこか異常なのかすら分からなくなった。

考えれば考えるほど、ギュウっと胸を締め付けられ、頭がボーっとしてきた。

そうして、僕の意識は狭い会議室から遥か彼方へと旅立っていた…

そう。言うなれば宇宙へと飛び立っていったようなそんなイメージだ。

かのガガーリンよりもアームストロングよりも遥か彼方の遠く、遠くへと。


人に自分の悩みや弱い部分をさらけ出したのは、一体いつ以来だろうか。

思っていたよりも嫌な気分にはならなかった事に少しばかり驚いた。

モヤモヤとした気持ちを数年以上に渡って、この細い体の中に溜め込んで来たのだ、スッキリしない訳がなかった。

まぁ相手にもよるのだろう。

哀れみや同情、または機械的に処理をされていたならば、こんな気持ちにならなかった事だろう。

藤井は本当に変わり者だ、悪い意味ではもちろん無くだ。

今までの自分を振り返ってみても、何故、こんな自分のためにと思う。

会社の歯車としてクルクルと回転すること、貢献しているといった自己満足の甘美さに溺れ、家族を始め他者を省みず、人を踏み台にすらしてきた。

それなのに藤井という男は入社した当時のままなのだ。

本当に青臭くて、愚かで、人間味のある奴なのだ。

これも無論、悪い意味ではなくだ。

自分には出来ない生き方だ。

羨ましくさえ感じるが、しかし逆に自分のような生き方を出来る人間も少ないのだろう…

そんな自画自賛をじみた気持ちにもなった。

その時、何かが自分の中で変わりつつ在ることに気が付いた。

自分でも恥ずかしい位、嬉しくて、慌てて頭の中を整理する。

他者や多様性を認めることで自分自身もその一つであり、認める事が出来る。

今までの自分を正当化する訳ではないが、それなりに苦渋は飲み込んで来た。

ただ、今感じる事はもう少し『思いやり』さえあれば…ということだ。

初めて後悔という紛れもない事実と向き合い、やっとそれに気が付いたのだ。

「まだ、遅くない…」

藤井と話している時からそんな気がした。

気のせいかも知れないが、たまにはそんな感覚を信じてみよう。


家族の待つ家へと車を走らせていると、ふと気まぐれで本屋へ立ち寄ろうと思った。

人を捜すにはどうしたら良いのか、今までそんな事をしたことがなかったので吉岡の事もあり気になっていた。

まぁ、まさか本屋に人捜しの『How to 本』なんぞがあるとは考えにくかったが、興味本位で寄ることにした。

今やインターネットを使えば楽になんでも、調べられるが、たまには『本』というアナログな媒体をじっくりと読んでみたかった。

昨日も思ったが便利と不便は相反するが表裏一体で、簡単に情報を集められるということは、簡単に情報が漏れているとも言えるからだ。

さもすればプライバシーなんてものもなくなってしまう。

まぁ、それはそれとして便利さに慣れることは効率的に事を処理できる反面、自分自身の能力の低下にも繋がる。

機械に文字を打ち込み、マウスをクリックするだけよりも、欲しいもの手にする努力がしたかったのかも知れない。

本屋に寄った要因には、そんな思いもあった。

とは言うもののこの本の海の中から、有益な情報を得られるかは自信がなかった。

雑誌や週刊誌、小説に漫画本…あまりにも多くがそこにはあったからだ。

ふと、手にした雑誌の広告に「あなたの悩み解決します」などという胡散臭い文句を目にした。

半信半疑のまま、電話番号をケータイに控える。

「どうせ大した事のないものだろう…」

頭では分かっていながら、何故だかそんな行動に出たのが不思議だ。

「取り敢えず明日の昼にでも電話してみるか」

どんな答えが返ってくるか半分、からかってやろうなどと悪戯心もあった。

本屋に寄って取り敢えずの行動をすると再び、家に向かって車を走らせた。


意識の宇宙を漂っている間に、いつの間にやら会議は滞りなく終了していた。

それは恐らくは誰かの筋書き通りだったのだろう。

大人の世界というのは、大抵そんな予定調和なものだ…

下らない事でも、一々会議を開き、意見を出させる。

通るはずもない意見をだ…

「それってなんの意味あるの?」

考えないようにしている。

考えるだけ無駄な事だからだ…

それなのに緊張していた自分がアホらしいと思う。

まぁ下らない事を考えていたせいでほとんど中身が頭に入っていないのが幸いなのだろうか

しかし、配布資料といつの間にかビッシリと書き留めていたメモ書きを後日改めて確認しなければ…
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